ガラス




痛そうだなと遠くから見ていて思った。

対局相手の前に座り、じっと盤面を睨み続けるアキラの姿は、いつもと何も変わらないように
見えたけれど、ヒカルにはほんの少し前屈みになっているのがよくわかった。


(辛いんだ)

自分ももちろん手合い中で、人のことをどうこう考えている余裕はもちろん無い。

けれどそれでも視界の端にちらりと写る、昨夜を共にした相手を見てどうしても頭の隅では考
えてしまう。


(大丈夫かな、あいつ)


何もこんな時にとか、もっと他に都合の良い日と時がいくらでもあっただろうと思うのに、触れ
たらもう止らなかった。


貪るようにキスをして、そのキスに舌で返された後はもう理性はふっとんで、ろくに慣らしもしな
いで欲望の赴くままに突き立ててしまった。



『いい…大丈夫だから…気にするな』

少しでも動きを止める気配を見せると睨みつけてくる。

その可愛げの無さが可愛くて、言われなくても動くのを止めることがどうしても出来なかった。

(でも―もう少し加減してやれば良かった)

ずっとずっと考えていた。

もしいつかアキラを抱くことが出来たなら、ゆっくりと時間をかけて自分の持っている全ての
優しさでアキラを大切に扱ってやろうと。


(それがあのザマだ)

痛くなかったはずは無い。

苦しくなかったはずは無い。

終わった後、アキラの体にもシーツにもかなりの血の跡が残っていた。


「おまえ―」

大丈夫? と支えようとしたヒカルの手をアキラはパンとはね除けた。

「だから大丈夫だってずっと言っている」

このくらいでどうこうすることは無いんだからキミもらしくない気遣いをするなと、素っ気ない物
言いは全くもって『塔矢アキラ』でヒカルは苦笑してしまったが、それでもやはり体に残る疲労
と辛さは離れていてもよくわかった。


(やっぱおれ…ケダモノ)

何も手合いの前の夜にあいつを抱かなくても良かったのにと、ぐるぐると考えているうちに上
辺の薄みを突かれてしまった。


あっと思った瞬間には自分の形勢は非道く悪いものになっていて、慌てて頭を切り換えた。

今はいい、どんなにあいつが痛くても辛くても気にしない。

鬼畜でもケダモノでもなんでもいいから自分の手合いに集中すると、そう決めたらすっとヒカ
ルの頭の中からアキラのことは消えて行った。


辛うじての勝ち。

それでも勝った時にはヒカルはほっとしたし、先に終わったらしいアキラがいつの間にか側に
来て、盤をじっと見詰めていると知った時には尚更思った。


勝って良かった―と。



「中盤…キミ、何を考えていた?」

ふいに言われてドキリとする。

「別に―」
「キミらしくない。こんな所でこんなつまらないミスをするなんて」
「ちょっと読み違えたんだよ、そんだけ!」


そうか―と言ってアキラはまたしばらく盤面を睨んだ後にヒカルの顔を見詰めて突き放すように
言った。


「万一…人のことを気遣って集中が途切れたのだとしたら心底軽蔑してやるとそう思っていたか
ら」


そうじゃないと知ってほっとしたよと言う言葉に赤面する。

「するわけねーじゃん。大体誰をおれが気遣うんだよ」
「そうだな。キミが誰かを気遣うはずなんて無い。…そうあって欲しいよ」



きっとまたアキラは自分の腕に抱かれる。

自分もまたアキラを抱かずにはいられない。

体にも心にも負担が無いはずは無いというのに、それでもアキラは優しさをきっと拒むんだろう。


『大丈夫だ、気にするな』

あの気の強い瞳で自分のことを睨みながら。

(でも好きだ―)

あいつのそういう所が背筋が震えるくらいに好きだと考え、ヒカルはこそりと苦笑しながら、側に
いるアキラにわざとしかめっ面をして見せたのだった。




※デレの無いツン。(笑)でもきっと本当はこんな感じじゃないかなとも思います。塔矢アキラはあくまで塔矢アキラで
それは変わらないんだろうなあって。甘い二人も好きですが、ずっとこんな感じに突っ張り合っている二人も好きです。
でもきっと年と共に丸くなって素直になっていったりするんだろうなあ。2008.8.15 しょうこ