いたみ
※この話は同じ百題の「罪」の対の話です。「罪」をお読みになってからこちらを読んでください。



いつもいつもいつも

彼と同じ部屋に泊まれることが嬉しかった。

以前は緒方さんや芦原さんと同室になることが多かった地方での仕事。

進藤とぼくが仲が良いらしいというのが知られるようになってからはずっとぼくたちは
同じ部屋を宛がわれている。



本当は進藤は和谷くんや本田さんや他の人たちとの方が嬉しいのかもしれなくて、そ
れに申し訳無いとは思ったけれど、共に居られるのが嬉しくて自分から部屋を変えて
欲しいとは頼まなかった。




「あ、またおれおまえと一緒だって」

話しかけてくる彼もいつも笑顔で、少なくともぼくと一緒なのが嫌では無いのだとわか
って嬉しかった。


「今日も終わった後ゆっくり打とうな」

人懐こい、時に犬のようだとも評される彼はぼくに対してもいつも笑顔全開で、他の人
が距離を置く所を気にも留めずに近寄ってくる。


「そうだ、風呂の後卓球しようぜ卓球」
「え?ぼくはそういうのはあんまり」
「何言ってんだよ、温泉って言ったら卓球に決まってんだろ」


人に交わらないぼくを無理矢理では無く交わらせたり、人と居る楽しさを教えてくれた
のも彼だった。


だからぼくはいつしか彼を好きになっていたし、その好きは友達としての好きをとうに
遙か越えてしまっていた。


恋と―。

生まれて初めての恋だと気がつくのにも間はいらず、ぼくは彼を見るたびに幸せと報
われることが無いという不幸せを同時に噛みしめることになったのだった。





その日、またいつものようにやって来た地方での囲碁イベントで、ぼくと彼は同室にな
った。


「また同室だね、よろしく」

嬉しくて微笑むぼくに彼は何故か少しだけ躊躇ったような笑みを返した。

「ああ、うん。そうだなよろしく」

ちょっとひっかかりはしたものの、その後はいつも通りだったのでそのことはすっかり
忘れてしまっていた。


慌ただしく指導碁などの仕事を終え、その後の宴会にも駆り出された後、ぼくたちは
かなり遅い時間になってようやく解放された。


今回は指導碁で扱った人数も多く、他に大盤での解説などもあったのでぼくも彼もく
くたに疲れていた。


だから風呂に入ると早々に寝床につき、「おやすみ」と言葉を交わしたのだけれど、
とろとろと眠りかけたぼくは幾らもたたないうちに目を覚ましてしまった。


真っ暗な部屋の中、なんでいきなり目を覚ましてしまったのだろうかと考えて、トイレ
の方から明かりが漏れているのに気がついた。



(進藤?)

隣の布団を見ると進藤がいない。

彼が起き出した気配に気がついて目が覚めてしまったのだとようやくわかった。

「何時だろう…」

部屋の壁にかけられた時計を見ると深夜の二時で、それではほとんど眠っていない
ように思っていたけれど少しは眠ったのだなと思った。


今日は疲れすぎていたから体が緊張してよく眠れなかったのかもしれないなとぼん
やりと考えるうちに、進藤がいつまでたっても戻って来ないのが気になった。


「遅いな……」

部屋の隅にあるトイレの窓。細く磨りガラスの入ったそこから明かりが漏れているの
で居ることは間違いないのだが、いつまでたっても戻って来ないのだ。


お腹の調子でも悪いのかと、それでもいくらなんでも遅いのでは無いかと思うくらい
時間がたって、ぼくは段々不安になってきた。


もしかして彼は具合が悪く倒れて居るのでは無いかと、父のこともあったのでそん
な心配が沸いてきたのだ。



「進藤?」

そっと布団から抜け出して、ゆっくりとトイレの前まで歩いて行く。

「進藤……」

夜中なので声を落として呼んだけれど、進藤から返事は返らなかった。

(やっぱり具合が悪いんじゃ……)

そう思った時、ドアの向こうからうめき声のようなものが聞こえてきた。

荒い息づかいと、食いしばった歯の間から漏れるような声は、とても苦しそうでぼく
は真っ青になった。


「大丈夫?―――」

せめてノックをするべきだったのかもしれないが、その時のぼくにはそんな考えは
浮かばなかった。


進藤が大変だと、それだけで、早くどうにかしなくてはと、その気持ちだけでドアに
手をかけた。


「あ………はっ………」

細く、ドアが開いた瞬間に彼の声がはっきりと耳に届いた。

「あっ……くっ……と…とう……や」

塔矢と、自分の名が呼ばれたことにドキリとして更にドアを大きく開くとぼんやりとし
た明かりの下で身を屈め立っている彼の姿が露わになった。


「あっ………ああっ」

荒い息づかいと共に、ぐちゃぐちゃと湿った音がして、すぐにそれが何を意味して
いるのかわかった。


( ―――――あ)

自慰をしているのだと、男なら当たり前のことなのにぼくはらしくなくうろたえてしまっ
た。


「はっ……あっ」

すぐに静かにドアを閉めれば良かったものを呆然とぼくは彼のすることを見つめ続け
てしまい、最後達するまでを見届けてしまった。


「あっ……あっ……あっ……」

人のこういうシーンを見るのは初めてで、その生々しい姿にぼくはすっかりと凍り付
いてしまった。


(閉めなくちゃ)

きっと進藤は見られたことを知られたく無いはずで、ドアを閉めて戻らなければと思
うのに体がどうしても言うことを聞かなかった。


それは恋している相手の欲望を見てしまったショックからなのかもしれなかった。

彼もまた男で、そんなふうに処理をするのだと知ったことが怖かったのかもしれな
い。


金縛りにあったように見つめ続けることしばし、大きくため息をついた進藤が床に落
ちた液を拭き取ろうとトイレットペーパーに手をかけた。


屈み込んで拭ってそれから捨てようとでもしたのだろうか、くるりと振り返ってこちら
を見た。




「―――なっ」

瞬間、驚愕したような彼の顔に罪悪感が溢れ出した。

「ごめん――目が覚めたらキミがいなくて―そうしたらうめき声のようなものが聞
こえたから」


てっきり具合でも悪くしたのかと、そう思ってしまったのだとぼくは真っ赤になりな
がら必死でそう言った。



「ごめん、見るつもりじゃ――」

言いながら視線はどうしても彼の開いた浴衣の前に行ってしまう。

当たり前と言えば当たり前だが、そこには到達してまだ拭うこともしていない白く
汚れた彼のモノが覗いていて、ぼくは体の中から熱くなるような気がした。



「ごめん、忘れるからキミも」

キミも忘れてと、言った瞬間に進藤がぼそりと口を開いた。

「見たんだ?」
「だから、ごめん。そんなつもりじゃ」
「いいよ、別に」


どうせおまえのこと考えて抜いてたんだしと、進藤はぼくが考えもしなかったこと
を言った。


「見たんだったら話、早いよな」
「進藤――」


ゆっくりとその口が頬笑むのがぼくは恐ろしくてたまらなかった。

そこに居るのはぼくの知っている人懐こい進藤ではなくて、見知らぬ別人だった。

ゆらりと体からは雄の匂いが立ち上り、それはまっすぐにぼくに向かっていた。

(狩られる)

足先から震えが上がってきて、ぼくは彼の目を正視することが出来ずに俯いた。


「だめだよ…」

逃がさねぇよと低く囁いて彼はぼくの顎を掴むと顔を上向かせた。

「進藤」

抗おうとする間も無く口づけられてぞくりと背中に震えが走った。

「あ―――嫌」

体中をさする手に何をされるのかわかってぼくは叫んでいた。

「嫌――進藤」
「嫌でもなんでももう知らない」


進藤は言いながらぼくを外に押し出すとそのまま乱暴に床に倒した。

「せっかく必死で我慢してたのにのこのこ来るおまえが悪いんだから―」

上に体がのしかかり、腹の辺りにぎゅっと固いものが押し当てられる。


「あ――――――」
「すげ――おまえ、エロい」


足を大きく広げられ、有り得ない場所を探られて目に涙が滲んだ。

「あ―――嫌、進藤――お願いだから」

お願いだからやめてと、泣きながらぼくは懇願した。

大好きな。

ずっと恋していた相手との最初がこんな形だなんてあんまりにも非道
すぎる。


けれどぼくの言うことも聞かず、進藤は薄く笑うとぼくの中に押し入っ
てきたのだった。



「すげ……おまえん中、熱い」
「あ―――嫌っ、嫌だっ」


後はもう、涙と、繋がった場所がたてる湿った音しか覚えていない。


悲しくて

切なくて

辛くて

悔しくてたまらなかった。


「進藤、どうしてこんな―」
「大丈夫……すぐに良くなるから」


おまえも力抜いて楽しめよと、残酷な言葉を聞きながらぼくは馬鹿のように
叫び続けた。



ぐちゃぐちゃと、イヤラシイ水音が響く中、心から愛しているその人に、今日
ぼくは最も非道い方法で――犯されたのだった。




※「罪」のアキラ視点の話です。非道いのはどっち視点からでも変らないですね。すみません。
2006.3.24 しょうこ