(注)この話は「アキラが妊娠」というキーワードにひっかかり、又は嫌悪感を覚えるという方は
読まれないことをお勧めします。それでも平気だ!後で文句言ったりしないよ!という方のみ
画面をスクロールしてお読みください(女体化ではありません)





































沈黙



一緒に暮らしているのだから、そういうことが有り得ることとは思ってはいた。

けれど実際にそうなってみると、ただ、ただ驚くばかりで頭の中が真っ白になってしまった。



「おめでとうございます」

数日前から体の調子が悪く、かかりつけの病院に行くと診察の後にそう言われた。

「…は?」
「おめでとうございます。今…二ヶ月に入った所ですね」


一瞬何を言われたのかわからなくて、でも数秒後、医師の言葉がようやく脳に正しく伝わった。

「それは…もしかして、ぼくが妊娠している…ということですか?」
「そうですよ。まだ性別はわかりませんがもう少しすればそれもわかるようになりますよ」


なるべく早く母子手帳を交付してもらってくださいねと言われた所で、我に返る。

「あの…それで、その子どもは…」
「今が二ヶ月だと…そうですね」


今年のクリスマスは親子で過ごすことが出来ますよと言われて、ぼくはそのあまりの非現実さに
頭の中が再び真っ白になってしまったのだった。





男、女という性別の線引きが曖昧になっている現在、同性同士の夫婦というものはごく当たり前の
ものになっている。


生物学上、妊娠するのはやはり女性の方が多いようだけれど、男にもその可能性があるのだと大
昔、学校の保健の授業でそう習った。


その頃は自分がどちらの性のパートナーを得るかわからなかったし、男同士で結婚した今も、そう
いうことをしておきながら今ひとつ妊娠のことは真面目に考えたことが無かった。


それは周囲に居る同性同士の夫婦で、子どもが居る夫婦というものが居なかったせいもある。


「んー? 作らないわけじゃないけど、なんかやっぱ出来ないなぁ」

進藤の友人の和谷くんも結婚してもう五年にもなるのにそう言っていたから、なんとなく自分たちにも
簡単にはできないものだと思っていた。


だから避妊もしなかったし、もしそうなったらという話も一度も進藤としたことが無かった。



「………どうしよう」

病院からの帰り道、突きつけられた現実の重さに暗い気分で歩いていると、いきなり胸ポケットで携帯
が鳴った。


「…はい」

ほとんど無意識に取って、耳を当てると聞き慣れた声が耳に飛び込んで来た。

『あ、塔矢? 病院どーだった?』

進藤だった。

調子が悪いから病院に寄ってから棋院に行くと言ったのを心配してかけて来たらしい。

『なに? やっぱ風邪だった?』

明るく屈託なく尋ねてくる彼に、正直ぼくは顔から血の気が引く思いだった。

(どうしよう…)

誰よりもまず最初に彼に告げなければならないというのに、ぼくは告げることが怖くて怖くてたまらなくな
ってしまったのだ。


だって彼とは子どもの話なんかしたことが無い。

いつか、ずっと先のいつかにそういうことがあっても良いと冗談のように話したことはあったかもしれない
けれど、現実に、しかもこんなに早く子宝に恵まれたらなんて、彼もまた考えてもいなかったはずだから。


『…どうした? まさか…どっか悪かった?』

黙りこくってしまったぼくに進藤の声が心配そうに変る。


「進藤…」
『なんだよ、何かあったんだったら早く言えよ』
「進藤……ぼくは…」


妊娠したみたいだと、喉の奥に張り付くような声をようやく絞り出して言ったら沈黙が起こった。

「今…二ヶ月だって…先生が……」

どうしよう、進藤と話しかけた瞬間にいきなりブツっと電話が切れた。

「進藤! 進藤っ!!」

そしてその後いくらかけ直しても進藤はぼくからの電話に出てくれなくなってしまった。

(…やっぱりショックだったんだ)

ぼくは携帯を握りしめながら真っ青になった。

無理も無い、ぼくも彼もまだ22才なのだ。人の親になるなんて心の準備が出来ているはずも無い。


「……どうしよう……」

取りあえず帰ってちゃんと話し合わなければならない。ああ、でも今日は彼はともかくぼくは手合いが
あるのでは無いか。


ほとんど放心状態のまま棋院に向かったぼくは、どこをどう打ったのか全く覚えていないのだけれど、それ
でもなんとか中押しで勝った。


(ああ、もし産むことになったらしばらく仕事も休まなければならないんだな)

終わった後、検討を断って石を碁笥に片付けながら、改めてそういう現実的なことに気がついたりもした。

「収入が減ってしまうな…」

それよりもその先も子育ては続く。ぼくはもしかしてこのまま打てなくなってしまうのではないかと、それも恐
ろしくて気分はどんどん暗く重たくなっていった。


(進藤……)

進藤は今一体どんな気分で居るのだろうかと、やはり放心状態のまま家に帰り、半分無意識に夕食の仕度
をしながらふいに泣き出したくなった。


「なんでこんな!」


医師はおめでとうとぼくに言った。

でもぼくの今の気持ちはちっともおめでたくなんか無い。

一緒に育てて行かなければならない進藤もあれからさっぱり連絡をくれないし、もしかしたらこのことでぼくと
別れることを考えているのかもしれない。


まだ子持ちになんかなりたくないと、まだ自由で居たいと離婚を考えているかもしれないと思ったら、絶望で
死んでしまいそうになった。



「…怖い」

何もかもがたまらなく怖くて仕方ない。

そして、進藤が恋しくて恋しくてたまらなかった。



「…どうしてキミは電話に出てくれないんだ」

今一番側に居て欲しいのは進藤なのにその彼は相変わらず音信不通で帰って来ない。

「…そんなに、そんなにショックだったのか……?」

ぼくだってそれは驚いたよと、ショックだったよと、繋がらない携帯を見つめながら呟いた時、ふいにチャイム
が鳴った。


「………はい?」

マンションの入り口からの呼び出しでは無く、玄関からの呼び出しなのに首をひねる。

客ならば下から呼び出すはずだし、進藤だったらちゃんと自分で鍵を持っているからだった。


『あ、塔矢? おれおれ、悪いけど開けて!』

けれどインターホンで確かめてみるとそれは進藤で、ほっとすると同時に何故自分の鍵で開けて来ないんだ
ろうと不思議になった。


『とにかくなんでもいいから開けてって!』

急かされて慌ててドアを開けると、いきなりたくさんの荷物と花束を押しつけられた。

「ただいまっ! それでもっておめでとうっ!!」
「って……進藤、なんだこれは!」


進藤は自分の腕だけでは抱えきれない程の荷物を持ってドアの前に立っていたのだった。

「すげえだろ! 持ちきれないから贅沢してタクシーで帰って来たんだ」
「そうじゃなくて、これは…」


花束を下に置き、この大荷物はなんだと問いつめようとした時に袋の一つのロゴが目に入った。

(これ、子ども服の……)

自分でも聞いたことがある有名子ども服メーカーのショップの袋だったのだ。

「いや、何がいるのかわからなかったから、取りあえず都内で行けるだけの赤ん坊と子ども服の店まわって
色々買って来た♪」


いや、おれマジで親父になっちゃうんだもんなあと、にこにこと言われて全身から力が抜けた。

「進藤…これ全部?」
「うん。おれとおまえの子どもだろ? 絶対すごい美人になるから気張って選んで来たんだ」


男だか女だかわかんなかったからどっちでもいいように服も靴もおもちゃも両方買って来たと言われてぼくは
泣き笑いのような顔になってしまった。


「…嫌じゃないの?」
「なんで?」
「だって…携帯に出てくれなかったし」
「え? かけてた? 店まわるのに夢中になってて気がつかなかった」
「………本当に……本当にキミは嫌じゃないのか?」


進藤の答えは明確だった。

「だって、おれとおまえの子どもだよ?」

すげー嬉しくてもう死ぬかと思ったと、言われた瞬間にぼくは泣いてしまった。


良かった。

良かった、良かった、良かった!

彼は子どもが出来たことをこんなにも喜んでいる。

―――――――――――――――――――――――良かった!

そして一人落ち込んでしまっていた自分をぼくは心から恥じた。


「そう……だよね…キミと…ぼくの子どもなんだものね」
「そう! 愛の結晶だぜ?」


嬉しくないわけないじゃんと言われて更に涙が溢れ出した。

「ごめん、進藤」
「なにが?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだけど……」


今日は色々びっくりしてと、泣きじゃくるぼくを進藤はしばらく黙って見ていたけれど、やがて屈み込むと
優しく抱きしめてくれた。


「うん、そうだな。びっくりしたな」
「……うん、すごくびっくりした」
「でも、嬉しいびっくりだったよな」
「…………」


情けない。こんな頼りない親の元に生まれてくるなんて子どももきっと大変だ。

「なに? もうマタニティブルーになってんの?」

大丈夫だよおれがついてるからと、進藤は言ってぼくの背中を撫でてくれた。

「きっと色々大変だろうと思うけどさ、おれ、おまえと子どものために出来ることも出来ないこともなんだって
絶対にやってやるから」
「………うん」



だから二人で育てて行こうと、言われてぼくはやっと気持ちが落ち着いた。

「うん……うん、進藤」


ぼくたちはまだ未熟できっとこれから始まる何もかもが大変だろうけれど。


「大丈夫、きっとおれたちシアワセになれるから」
「うん―――――」


でもきっと彼と一緒なら大丈夫だと、伝わってくる温かさにそう思えた。



そうきっと大丈夫。

彼と彼との子どもとぼくと3人は、きっと彼の言うようにシアワセになれるんだろう。

そう思った瞬間に今まで不安だった分が裏返るように胸に喜びが沸いた。

大丈夫。

大丈夫。

大丈夫!

確信のようにそう思いながら、ぼくは今日知らされてから初めて、子どもが出来たということをしみじみ嬉しく
噛みしめたのだった。





※はーはーはーはーはーはーはーはーひーひーひーひーひーひーひーひー(←発狂?)












ごめんなさい。(滝汗土下座)


これだけは絶対書くことは無いと思っていたのに書いちゃった。アキラ妊娠話。(ひー)
別に女体化ではありませんので!!この世界では男も妊娠するんだと、(マライヒも子ども産んだしね!←古っ)そう思ってください。


いや、でも大変だよ。生まれた後はお互いに半年ずつ育児休暇を取って交互に働いて育児して、それでもって途中からは保育園に入れたり、両家のママに手伝ってもらったりして育てるんだな。

これ実は元ネタがあります。今日(昨日??)発売の実話系の4コマ雑誌に掲載されていたものの一つなんです。それを見た瞬間に、ああっ!きっとヒカルもこうだよこう!聞いた瞬間に都内中のショップ歩いて必要なものも必要で無いものも全部買ってきそうと思ったのでした。きっとヒカルはアキラが子どもに焼き餅を妬くくらいの親バカになることと思います。

2006.8.29 しょうこ