つくり笑い




未だに思い出して進藤が笑う話がある。

それは数年前の晩秋のこと、ぼくは親戚から手作りしているという美味しい味噌をもらった。

「添加物とかは一切入っていませんからね、なるべく早く食べきってください」

もしお口に合うようでしたら来年も送らせていただきますからと、丁寧に電話も頂いてしまった。

ところでその頃のぼくは、ほぼ一人暮らしで、なるべく自炊をするようにしていたけれど、とても
全部の味噌を傷まないうちに食べることは不可能だった。


なので半分は芦原さんにあげて、それでもまだ多いので更にその半分は市河さんに譲った。

「美味しいお味噌らしいので、家で使ってください」
「あらぁ、本当に美味しそうなお味噌ね。お味噌汁だけでは勿体無いからお料理にも使わせても
らうわ」


その時、碁会所には進藤も来ていて、興味深そうにぼくたちのやり取りを見ていたのだけれど、
席に戻ってからぽつりと言った。


「なあ、あの味噌まだあんの?」
「あるよ。欲しいならキミにも持って来てあげようか?」
「いや、おれもらっても料理出来ないし、そんなことしたらおまえの分が無くなるし」


ただ、なんかすごく美味そうだからおまえおれになんか作ってくんないと言われて手が止まった。

「ぼくが? 味噌で?」
「うん。そうしたら一緒に食べられるじゃん? おれ味噌味結構好きだから、なんか作ってくれたら
嬉しいなーなんて」
「味噌味の料理…」


自慢では無いがぼくはあまりレパートリーが無い。

「あ、でも無理ならいいからさ」
「いや、大丈夫。それなら今度の週末に打ちがてらご馳走するよ」


ほんと? やりぃと進藤が手放しで喜んだこともあって、ぼくの負けず嫌いに火が点いてしまった。

これはもう絶対、進藤にあの味噌で美味しい料理を作ってあげなければ!


家に帰ってからぼくはしばらく考えた。何を作ってご馳走すれば良いのか…。

「おみそ汁は当然として後何か……」

芦原さんに聞いても良かったのだけれど、なんとなく進藤にはいつも芦原さんに教わって作っていると
いうようなイメージをもたれているので、またそれを上塗りするのも悔しかった。


(誰に教わらなくてもぼくだってちゃんと出来るって所を見せなければ)

けれど元々の料理レベルが低いので、いい考えが思いつかない。それで思いあまったぼくは味噌をくだ
さった方に電話をしてみた。


「あの、先日頂いたお味噌ですが、どうやって頂いたら一番美味しいでしょうか?」
「ああ、はいはい。お送りした箱に味噌料理のレシピを入れてありますからそれを見てください」


色々書いておきましたからぜひ試してくださいねと言われて、ぼくは電話なのに深々と頭を下げてしまっ
た。


(そうか、レシピなんて入っていたんだ。全然気がつかなかった)

慌てて送られて来た箱を探り、一番底に手書きのメモのようなものをみつけて意気揚々と台所に戻る。

「ええと……『この味噌を美味しく食べるための料理のレシピは…なんと言ってもみそ汁でしょう』」

最初に書いてあったのはスタンダードな豆腐とわかめのみそ汁の作り方だった。

「他にもこのようなレシピがありますので………もやしみそ汁……かぼちゃのみそ汁……大根油揚げの
みそ汁……」


レシピには延々とみそ汁のレシピだけが綴られていた。

「…………エリンギとタマネギのみそ汁……等々、中身の具を替えることにより、より一層美味しく味噌を
楽しむことが出来ます……なるほど」


確かに味噌を一番美味しく食べる方法はみそ汁だろう。そして具のバリエーションでそれをより深めること
が出来るのだ。


「よし、わかった」

これでもう進藤がいつ来ても安心だと、それからぼくは更に彼を満足させるためにメニューを深く考えたの
だった。




そして当日。

「こんちは! 味噌料理楽しみにして来たぜ!」
「キミは……いつでも食欲が一番なんだな」


一局打ってからと思っていたのだけれど、そんなに期待されては後回しにするわけにもいかない。

「まあ、そこに座って待っていてくれ、今温めてくるから」

そしてぼくは練りに練ったメニューを彼の前に並べたのだった。

「…塔矢、これ何?」
「え? 味噌料理だよ。レシピを見て美味しく食べられるように考えたんだ」


ただそのまま作ってもつまらないと思ったのでぼくなりの創意工夫も入れたけれどと言うと、進藤は一瞬何か
言いたそうな顔でぼくを見て、でも何も言わずにただ黙ってテーブルの上を見た。


「塔矢、これは?」
「それはね、レタスとトマトのみそ汁。せっかくだからコース料理をイメージして作ってみたんだ」
「それでこれは?」
「カツオとタマネギのカルパッチョ風みそ汁。前菜のつもりで作った」


もちろんぼくだって料理は基本が大事だと思っている。けれど折角楽しみにして来てくれる進藤に、平凡なも
のよりも目新しいもの、少しでも美味しいものを食べさせたかったのだ。


「えーと次のこれは…」
「メインディッシュかな。松坂牛の角切りステーキ入りみそ汁。七味を振って食べてれ」
「ということはその後にあるのはデザートだな?」
「うん、キミは甘いものが好きだからね、頂き物でいいりんごもあったから、アップルパイ風にシナモンを効か
せてみた」
「そうか、シナモンか……ははは」
「それは食べる直前にクリームを絞って入れるから」


さあ召し上がれと、にっこり笑って勧めたら、進藤はしばらく料理を睨んだ後でへらりと力なく笑って椀を手に
取った。


「…じゃあいただきます」
「遠慮せずたくさん食べてくれ」


まだまだ鍋に一杯あるんだと、ぼくがそう言ったら進藤は何故か情けない顔になって、でもみそ汁に口をつける
と「美味い」とすぐに笑顔になって、全部平らげてくれたのだった。





「うん、だからさ、別に不味くは無かったんだけど……」

でもあのみそ汁群は強烈だったと、ずっとずっとずっとずっとずっと後になってから進藤は苦笑したように笑って
ぼくに打ち明けた。


「まあ、レタスとトマトの奴もさ、見た目よりはずっとイケたし…牛の角切りも食い難かったけれど不味くは無かっ
た。でもあれだな、最後のヤツ。りんごとシナモンと生クリームのヤツ。あれだけは…なんて言うか……」


すごくゲージュツ的ではあったけれど、あんまり味噌には合わなかったみたいだと、思い出したように苦笑して言
う。


「でも、キミは美味しいって言ったじゃないか」
「うん、だっておまえがおれのために作ってくれたんだもん」


考え過ぎてあんなへんてこなメニューになっちゃうくらい考えてくれたんだから、不味いはずなんか無いよと、でも
もうしばらくはフルコースじゃなくていいなと、それから凝りすぎたみそ汁は今に至るまでぼくと彼の間の笑い話に
なっている。


そう、確かに実際アップルパイ風味のみそ汁は作ったぼくでも噴いたくらい絶妙に異様な味だった。

そしてそれをにっこりと笑顔で飲みきった彼を思い出すたびに、よく飲めたなとぼくは彼の深い愛情を再確認せず
にはいられないのだった。




某サイト様の日記に触発されて書きました(汗)素晴らしいです。味噌料理のレシピ!
ここの所暗い話ばかりだったのでたまには明るい話を。「またデロ甘バカップルの話も」とメールでリクエスト?も頂きましたので(^^)
私はアキラは考えすぎてとんでもない方向に突っ走るか迷走するタイプだと思います。 2006.11.17 しょうこ