ゆびさき
カチリと石を置いた瞬間に、指が進藤の肌を思い出した。
(…熱かったな)
まるで発熱しているかのようにじっとりと熱く、表面には細かな玉のように汗が浮いていた。
『ちょっ……キツ…』
ぐっと入り込んで来る時に微かに眉をひそめ、一瞬躊躇うように動きを止めた。
『いいよ、大丈夫』
『でも…』
おまえ辛そうな顔してるじゃんと、もう止めているのが苦しい程になっているだろうに、こんな
時でも絶対にぼくをないがしろにすることが無い。
苦しいからやめろと言えばすぐにでも止めて、我慢して一人で処理するんだろう。
『大丈夫。本当に大丈夫だから』
支えるように腰に当てた手が汗でつるりと滑った。
それくらい彼は汗ばんでいたし、ぼくの掌もまた汗をかいていた。
『来て…早く……ぼくも辛いから』
そこで止められてしまってはぼくも辛くてたまらないと、滑った手を再び彼の腰に当てて引き寄
せるようにしたら胸の上の顔はさっと刷いたように赤くなって、それから笑った。
『えっちだなあ』
でもそういうえっちなおまえってとっても好きと、首筋にちゅとキスをされて肌が震えた。
(そう…あの時の進藤の肌は熱かった)
そしてぼくの肌もと思いながら目を上げると、碁盤の向こうでぼくの指先を睨み付けていた進
藤と目が合った。
「…なにおまえ笑ってんだよっ!」
記録係に立ち会いの棋士。たった今のこの会話も全てカメラで映されて、全国に配信されて
いるというのに、あろうことか棋聖をかけたこの最終局で、挑戦者である進藤ヒカルはホルダ
ーのぼくに噛みついたのだった。
「別に…ただ楽しいなあって…」
周囲の人達が目を剥くのがわかる。
そもそも対局中に棋士同士が会話をすることなど有り得ないことだし、それもこんなふうに軽口
を叩きあうことなどは更に有り得ないことなのだ。
「楽しいって…おまえ絶対別のこと考えてた」
ヤらしいなぁこいつと、それはぼくだけにしか聞こえないような小さな呟きで、ではそんなにあから
さまに顔に浮かべてしまっていただろうかと失笑した。
「…なんのことかわからないけど……でもキミとするのは楽しいよ」
「打つのはだろっ!」
ヤな盤外戦仕掛けてくるなと、今度は周囲にも聞こえるように言ったので、さすがに諫めるような
咳がギャラリーからおこった。
「棋聖、挑戦者、私語は慎んでください」
「はい。申し訳ありません」
だってこいつが、だってこいつがと顔中に文句の文字を書きながら、けれど進藤も渋々と頭を下
げた。
「すみませんでした」
ぺこりと頭を下げる、落ち着いた色のあのスーツは彼によく似合うなと思いながら、ぼくは彼の一
手を待った。
カチリ、カチリと盤に置く、石の音と喘ぎはどこか似ているような気がする。
「結局ぼくたちは」
いつもこうやって、ずっと愛し合っているんだよねと、聞こえない程小さくつぶやいた声をちゃんと彼
の耳は聞いていて、「当たり前だろっ」とため息のように微かに言うと、力強い音をたて、黒石をぼく
の目の前に置いたのだった。
※しているのと打っているのは同じ。少なくともこの二人に関してはそうなんじゃないかなあ。
この一局、アキラの方がちょっと余裕です。でもきっと後でベッドで仕返しされると思います。
2007.7.3 しょうこ