世界の終わりに
「例えば今この世の終わりが来て、最後に大切な相手に何か言うとしたら何て言う?」
それは飲み会で散々酔っぱらった後に、まだ潰れないで飲んでいる面々に和谷が思い出した
ように言った言葉だった。
「この世の終わりって何だよ」
「それに最後に言うって言ったって、終わりまでどれくらい時間があるかとかさー」
漠然としていてよくわかんねーと言ったのに、和谷は口を尖らせて「それをこれから言おうと思っ
たんじゃん」と返した。
「緊急時で電話は通じない。携帯は辛うじて繋がるけど回線がパンク寸前でほんの一言くらいし
か伝えられないんだ」
そして相手は絶対に会えないくらい遠くに居ると。
「相手って好きなヤツ?」
半分眠りながら聞いていたおれは、あくびしながら和谷に聞いた。
「まあ、恋人でもなんでも。親でも友達でもさ」
なんでもいいから自分の一番大切な相手と最後に言葉を交わすとしたら何て言うと、バカバカしい
と思いながら、けれどその状況を想像した時にふいにぽろりと言葉が口からこぼれた。
「…愛してる、かな」
最後に会いたい人、言葉を交わしたい人と言われておれに思い浮かぶのは塔矢の顔だけで、だっ
たら言いたいこともそれしか無い。
たくさん、あふれるほど伝えたい言葉はあるけれど、最後に一言、限られた時間に話すならばこの
一言しか言うことが無い。
愛してる。おまえを愛しているよと、酔っているせいか想像が胸に迫ってつい涙ぐんでしまった。
「へー、進藤意外だなあ」
ロマンチストだなんだのと冴木さんや伊角さんに笑われて少々ばつが悪く口を尖らせる。
「だっておれ、本当にそれしか――」
「あ、いやそうじゃないって。おれが意外って言ったのはおまえと同じ答えを言ったヤツが他にも一
人だけ居たからさ」
あまりのおれの拗ねっぷりに哀れになったのか和谷が笑いをかみ殺しながらフォローする。
「なに?」
「いや、これこの間、仕事の後で桑原先生に飲みに連れて行かれた時にそこで出た話題なんだ」
居残っていた若手数人、夕食代わりと連れて行かれた先は料亭で、面子も段位もバラバラだった。
「普段あんまり話さないヤツばっかりだし、桑原先生の前だからメシも喉を通らないしさ」
ぎこちない雰囲気で皆が黙り込むのを見かねたのだろう、呼んだ芸妓の一人が場を盛り上げるた
めに簡単なクイズのようなものを始めたのだと言う。
「そん時にこの質問も出たんだよ」
大体多かったのは「さよなら」と別れを告げる言葉で、桑原先生は「達者で」だったと和谷は笑った。
「ごめん」「またな」「ケイコ」と名前を呼ぶ人に交ざって、ただ一人ぽつりと「愛してる」と言ったヤツが
居たらしい。
「それが有り得ないことに塔矢でさー、ちょっと考えた後にさらっと言ったんだよな」
ぼくはこの言葉しか相手に伝える言葉はありませんってと、聞きながら顔が赤く染まって行くのをおれ
は感じた。
「だって塔矢じゃん? そんなこと絶対に言いそうに無いのに言ったんでみんなびっくりしちゃってさー」
でもまさかそれと同じ答えをおまえが言うとは思わなかったと素直に驚かれて益々顔が赤くなった。
「…悪かったな、柄にも無いこと言って」
「んー…って言うか…、おまえら普段喧嘩ばっかだけど、実は結構気があってんだなってそれで驚い
た」
ああ、そうだな、実はおまえら仲良しだったんだなと酔っぱらい皆にしみじみと頷かれて更に顔は赤く
なった。
「塔矢、そんなこと言う相手いんの?」
「さあ…」
おれに振るなよおれにと思う。
「おまえは?」
「へ?」
「おまえはそういうこと言いたい相手がいるん?」
「いっ―」
いないよと言いかけてふと思いついて尋ねて見た。
「それ、塔矢にも同じこと聞いたのか?」
「聞いたよ」
おれじゃなくて聞いたのは芸妓さんだけどと、肩をすくめて和谷は言った。
『ええ…います、とても大切な人が』
そう言った時の塔矢はとても幸せそうに微笑んだので、誰もからかうことすら出来なかったと言う。
ただ一人桑原先生だけは「これは面白い、いつか相手の顔を拝ませて欲しいわい」と言ったそう
だが。
「で、おまえはいるわけ?いないわけ?」
「い――」
塔矢は言った。たぶんきっとおれの顔を思い浮かべながら、下手なことを言えばしつこく食らいつ
いてくるクセのある面々の前で言い切ったのだ。
「いるよ、おれも大切な人」
誰よりも大切で大好きな人がと、言った後は相手を吐けとそれこそ吐くまで飲まされたけれど、お
れは清々しい気分だった。
塔矢は言った。皆の前で言った。
最後に会いたい、言葉を交わしたい人が居て、伝えたい一言は「愛している」だと。
その相手が自分だという幸せを噛みしめながら今度会った時、たくさん塔矢を抱きしめてキスして
やろうとおれは密かに思ったのだった。
※えーと、読んであれ?と思った方すみません。これと思くそ似たシチュで以前にも一つ話を書いています。
可哀想で絶対書けないんですが、パラレルとか設定現代でもどっちでもいいんですが画面越しにお互い
の姿を見ながらも片方は死んで行くという、そういうシーンがずっと頭にあるんですよね。
死に行くのがどちらでも、最後に相手に伝えるものは涙では無くて「愛してる」とただ一言だろうなって。
「キミを」「おまえを」愛しているよと、この一言に全てをこめると思います。
というわけで何度も同じような話を書いてすみません。 2007.8.30 しょうこ