絵本





「…銀河鉄道みたいだ」

真っ暗な電車の窓を眺めながらぽつりとつぶやいた言葉を眠っていたはずの進藤が
耳ざとく聞きつけ尋ねてきた。


「なに?」
「いや、別になんでもないんだけど」


本当に一人ごとだったので恥ずかしくて頬が赤くなる。


「小学生の時に読んだ本だよ。男の子が二人、星の海の中を汽車で旅をする話。こん
な感じだったのかもしれないと思って」


埼玉の囲碁クラブでの仕事を終えて帰る途中、早々と暮れるようになった日はまだ東
京まで半分も行かないうちにすっかりと落ちてしまった。


『お父さんはぼくのことを許してくれるだろうか…』

本当は『おっかさんはぼくのことを許してくださるだろうか』だったけれど、ふと漏れた言
葉は何故か『お父さん』になっていた。



「おれ、それ読んだことあるかも。あかりが昔絵本持ってて、あかりんちのおばさんに読
んでもらったことがあるような気がする」




暗い、暗い夜の空。

天かける汽車に乗ることはどんな心持ちがするものだろうか。


『なにがしあわせかわからないです。本当にどんなつらいことでもそれが正しい道を進む
中での出来事なら峠の上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから』



そんなに何度も読み返した覚えは無いのだけれど、自分でも驚くぐらいぼくは本の内容
をよく覚えていた。



「なに? おまえなんか悩みでもあるん?」

呟いた言葉に進藤が言う。

「別に、物語の中の台詞だよ。ただ…なんとなく思い出したから」
「ふうん」


わかったような、わからないような。なんともつかない返事をして、それから進藤はぼくの
手を握った。


ぼくが嫌がるから電車の中のような、人に見られる確率の高い所では決してしないくせに、
何故か今日は彼はそれをし、ぼくもまたそれを振り解こうとは思わなかった。



少し疲れていたせいもある。

そして少しだけ心細くなっていたのかもしれない。

色々なことに―。



「あの話、最後離ればなれになっちゃうんだったよな?」
「え?あ……うん」
「おれ、それだけがすごく嫌だった。ずっと一緒に旅をして来て、それからも一緒って思って
いたのにいきなりいなくなられたらすごく寂しい気分になるぜ?」
「そうだね」


感情的な言葉では無かったけれど、彼の言葉にはなんだか非道く深いものが潜んでい
るような気がした。



「…いやだな、あんなふうに一人にされるのは」

いやだなの前に「もう」と小さく言葉があったような気がするのは聞き間違いだろうか?



『ぼくたち、二人きりになったね』

物語の中の台詞をぼくが言ったら進藤は驚いたような顔をした。

『どこまでもどこまでも一緒に行こう』

言いながら握る手に力を入れたら、わかったらしく彼も笑って手を握りかえしてくれた。


『どこまでもどこまでもぼくたち一緒に進んで行こう』
『ああ、きっと行くよ』


「おまえとずっと一緒に、永遠に離れることなく。おれ達はどこまでも二人で進んで行くんだ」


星のように流れる窓の外の光。

少しずつ増えてくる電車に乗り込んでくる関わりの無い人々。

でもぼく達は握った手を離さない。




『―ずっと、ずっと一緒にいようね』


進藤と、互いの爪が食込む程強く手を握り合いながら、ぼくらは銀河鉄道では無い現実を
走る電車の中で、二人寄り添うようにして座り続けたのだった。


※「新編 銀河鉄道の夜」宮沢賢治 新潮文庫より抜粋


※先日日記に宮沢賢治のことを書いたら書きたくなったので書きました。似たような話を前にも書いてましたらごめんなさい。

「銀河鉄道の夜」はね、もー本当に好きです。風邪で学校を休んで寝ていた時、傍らにおいてあったラジオから聞こえてきた
「ラジオ図書館」←今でもやってるのかしら??(^^;のラジオドラマ。それは前後編の後編だったわけですが、なんだかもの
すごい衝撃って言うか、なんかとにかくよくわからないのに脳に焼き付いちゃったって感じで(笑)それから宮沢賢治を読みま
くりましたですねー。タイタニックが沈む所の描写は何度読んでも鳥肌が立ちます。そしてジョバンニのお父さんが本当の所、
密漁をしていたのかしていないのにああいう噂になっていじめられていたのかわからなくて悩みます。どっちなの?(^^;


銀河鉄道の二人は離ればなれになってしまいましたが、ヒカアキの二人には「ずっと一緒に」居て欲しいです。2007.10.19 しょうこ