棘
ぼくは眠りながら泣いていた。
とても悲しくて、悲しくて、その悲しい気持ちに胸が裂かれて涙が溢れて流れ落ちたのだ。
見ていた夢は色々なこと。
小さい頃、父に叱られたこととか、囲碁で悔しい負け方をした時のこと。
幼稚園でも学校でも友達が出来ず、いつも一人で居た時のこと。
進藤ももちろん夢の中には出てきた。
夢の中の彼は出会った当時の、よく言えば天真爛漫、悪く言えば傍若無人な彼で、ぼくは
彼という人と彼の才能がわからずに悶々と一人苦しんでいた。
道端で死んでいた子猫。
親切にしてくれた近所のおばあさんのお葬式。
学校で育てていた朝顔がぼくのだけ咲かずに枯れてしまったこと。
どれもこれも細切れで、でもガラスの欠片のように胸に刺さった。
こんなにも、こんなにもたくさんの悲しいこと。
でもぼくは、悲しくなんか無いとずっと自分に言い聞かせて来た。
ぼくは一人なんだからと、一人でも平気なんだからと、ただ前だけを向いて生きて行こうと
そう思っていたから。
だからそれらのことが全てまだ自分の中に在り、自分自身を傷つけることに驚いても居た。
「――――――ふ」
揺さぶられて目が覚めたら、ぼくは彼の腕の中にしっかりと抱きしめられていた。
ぼくがクリスマスにあげたオフホワイトのセーターを着た彼の胸は温かくて、ぼくは非道く
ほっとした気持ちになった。
「そんな所でうたた寝なんかしてるから」
だから悪い夢なんか見るんだと、今はもう「大人」になった彼はぼくの顔も見ずに、耳元に
囁いた。
「頼むからこれからは泣く時はおれの腕ん中だけにして」
一人で泣かれていると困ると、彼が近所に買い物に行っている間に勝手に待ちくたびれて
うたた寝しただけなのに、本当に辛そうに心配そうに言われて胸の奥が温かくなった。
「――――わかった」
うん、そうするよと、他愛ない、それはただの夢だったのだから、覚めた今、もう抱かれる腕
を解いても良かったのに、あまりにも彼の温もりが心地よくて、幸せで幸せでたまらなかった
ので、ぼくは再び目を閉じると、今度は幸せな夢を見るために彼の胸に顔を埋めたのだった。
※アキラはとても強い人で、ヒカルの前でも「強い人」のままだろうと思うのですが、自分でそう思い込んでいるだけ
じゃないかなと思う時があります。人間だから決して完璧じゃない。弱い部分もある。でもそれを人に見せられる人
では無いんだろうから、だからせめて時々はヒカルの前でだけは「弱く」なって欲しいと思います。
2008.1.25 しょうこ