情熱




進藤ヒカルという人間の中に、反省という文字は無いのかもしれない。

何度言っても同じことを繰り返してはぼくを激怒させ、平謝りに謝って結局うやむやにして
しまう。


どうして学習しないのだと腹立たしく思いながらも、今日もやはりぼくは彼を怒ってしまった。

だって彼はまたぼくに内緒で女性と遊びに行ってしまったから――。




「これで何回目だ?」

帰ってきた彼をリビングで待ち受けて、『ただいま』も言わせずにそう問いつめると、進藤は見て
はっきりわかる程ヤバイという表情をした。


「うわ、バレてんだ。なんでわかった?」
「なんでじゃない。ぼくもこれで結構お節介な知り合いがいるんでね、キミが鼻の下を伸ばして美
人と歩いているとわざわざ教えてくれたりするんだよ」


進藤がまた違う女と付き合いだしたようだと、ぼくと彼の関係を知らない人々は面白半分な噂話
としてぼくの耳に情報を吹き込んでくれる。


「違うって、ただちょっと映画の券が余ってるって言うからさー」
「言い訳は聞き飽きた。大体キミは映画に限らず誘われればほいほい行ってしまうじゃないか」


そして決まって甘ったるい香りを漂わせながら帰ってくる。

浮気なんかしてない。彼の言い分はいつも同じだ。

ただ向こうが勝手に――と。

それは確かにそうかもしれないが、そうと薄々知っていてそれでも行ってしまう彼に大きな問題
があるとぼくは思う。


「この前言ったはずだ。ぼくは余計なことに気持ちを乱されるのは嫌いだ。付き合っているはずの
恋人が他の相手に色目を使っていると、そういうことで生活を乱されるのも嬉しく無い」


そもそも最初に自分一人を愛せないならば別れるとはっきり言ってあるにも関わらず、どうしてこ
の男は浮気未満のことを続けるのだろうとそう思う。


「って、浮気じゃないって言ってるじゃん」
「キミの言い訳は聞き飽きたって言っただろう? もうぼくは疲れた。キミはキミで勝手にすればい
いと思うよ」
「だーかーらー、ちょっと話くらい聞けって」


今日映画に行ったのは、お世話になった人の娘で――と彼が話しかけるのを無視して部屋の奥
に行く。


「おい、ちょっと、塔矢ってば」
「うるさい」


進藤がまた女性と出かけたと知らされた時にまとめた荷物。それほど持ち物の多くないぼくはこれ
だけで彼の元を去ることが出来る。


「塔矢! 話くらい聞いてくれたって良いじゃないかっ」

ぼくが鞄を下げて出てくるのを見て、進藤は流石に慌てたようだった。今まで同じようなことで諍って
もぼくが出て行こうとしたのは初めてだったからだ。


「わーっ、待って、待ってよ。なんでもするから話だけでも聞いてくれって」
「なんでも?」


すがりつくように着いてくるのを聞き流し、玄関近くまで歩いて来た所でふと意地の悪い気持ちにな
った。


「じゃあ今日出かけた女性に今すぐぼくの目の前で電話して、もう二度と会わないと言え」

そんなことは出来まいと、そう言ったら進藤はきゅっと眉ねを寄せてそれから携帯を取り出した。

「それでいいんだな?」

そしてあれよという間にどこかに電話をかけると、進藤はあっさりと『もう二度と会えません』と言った
のだった。


「…言ったぞ。これでいいだろ?」
「まだだ、その携帯から女性のメモリーを全て消去すること」
「はいはいはい」


これも進藤は驚く程の早さでやってのけた。

「いいのか? 仕事関係の人もいるんだろう?」
「いいよ、おまえに出て行かれたら嫌だから」


拗ねたように言いながら、ちらりとぼくの顔色を窺っている。

「……言うとおりにしたぜ、これでもういいだろう?」
「いや、ダメだね。これくらいでキミの不誠実の埋め合わせになんかなるもんか」


キミは本当に嘘つきで不誠実で最低な恋人なんだから、もっとぼくに償いをしてもらうと言ったら進藤
はぼくのことを黙って睨み、でも文句は言わなかった。


「……後何をすればいい?」
「そうだね、じゃあ、足の指でも舐めてもらおうかな」


ぼくの前に這い蹲って、指を舐めたら許してやると言ったら進藤は、はっきりと険しい顔をした。

「…おまえって…」
「嫌ならいいよ」


出来ないなら出来ないで別れるだけだからと言ったら進藤は大きくため息をついて、それからぼくの前
に膝をついた。


「…進」

いくらなんでもそんなことはしないだろうとぼくは心のどこかで思っていた。

いくら許して欲しくたって、そんな屈辱的なことは出来ないだろうと。

けれど進藤は静かに身を屈めると、ぼくの靴下を脱がせて、それから足に舌を這わせたのだった。



「―――――――――っ」

柔らかく温かい舌が、ゆっくりと足の指と指の合間を探り、それからねぶるようにして口の中に含んでい
く。


有り得ない感触に、ぞくりと――背中が震えた。

「あ―――もう、いい――から」

舐められている足指から、震えが波のように何度も体を駆け上って行く。

「もう――進藤、――いい。もういいか――」

汚いと、そんなところを口でと、矢継ぎ早に頭の中に言葉が現われるけれど、ぞくぞくとした感触にそれが
声にならない。


うっかり口を開くと喘ぎになってしまいそうな気がしたので、ぼくはしばらくの間、目を閉じて与えられる感触
に耐えた。


「進藤……もう……いいから」

けれどいつまでも足指への愛撫は止まらずに、ぼくはとうとう自分から折れた。

「もういい、進藤。わかった。もう……いいよ」

声を震わさずに言おうと頑張ったけれど、それでもやはり少し語尾は乱れてしまった。

「進藤……もう……お願い」

思いがけず、そういう時のねだり声のようになってしまい、ぼくが真っ赤になって無理やり彼から足を引くと、
進藤は顔を上げ、にやりと笑った。


「もういいの?」
「う………うん」
「もう機嫌直った?」
「………」


機嫌なんか直っていない。今でもやはりいい加減なこの男を心の底から腹立たしいと思っている。

けれど。

「じゃあもう出て行かないよね」

これで仲直りだとそっと抱き寄せられた時、体に残っていた足からの余韻が燃え上がり、肌を熱く火照ら
せた。


「………う」

似ているとは思っていたけれど、彼が舌で嬲り続けて起こした感覚は、間違いなくアレに似ている。

体と体を繋ぐ、とろけるような甘い行為にこの震えは恐ろしい程似通っていた。

「塔矢」

進藤の声が耳元に落とされる。

「塔矢はおれのこと好きだよね」

たまらないくらいにおれのことを好きだよねと言われて思わず殴ってやろうと思った。

「好きで好きで好きで好きで、たまらないくらいに愛しちゃってる」
「そんなこと……」
「おれもそうだよ」


間髪入れず進藤が囁く。

「どこの誰とどこに行ってもいつもおまえのことしか考えて無い。誰に好きって言われてもおまえにしか
おれは欲情しないよ」


いつでもおまえのことだけ愛してると、言われて卑怯者と呟くのがやっとだった。

「なんでキミはいつもそう……」

汚い。

体の感覚と甘い声にぼくをくるめ取り、結局今日も許させてしまっている。

なんて。

なんて狡い男なんだろうか?

ぼくを愛していると言ったその口で、明日にはまた誰かと出かけてしまうかもしれないのに。

「塔矢?」

ん? ん? と唇が促すようにうなじに押し当てられる。

「なあ、言って。おれのこと好きだって」

愛してるって言ってよと、言いながら進藤はぼくがまだ固く握りしめていた鞄の持ち手から指を外して
しまった。


「おれももう二度と約束破ったりしないから、だから、ねえ」

おれのこと好きって言ってよと、慈しむように抱かれて陥落した。


だめだ、どうしてもこの男には勝てない。

人でなしだとわかっていても許さずにはいられない。


「……好きだよ」

他に幾らでも相手は居たはずなのに、よりによってこの不誠実な男しかぼくは愛せないのだ。

「キミが好きだ。愛している」

諦めてそう言うと進藤は安心したような息をぼくの首筋に吐いた。

「……良かった」

じゃあこれで本当に仲直りだと、そしてぼくは彼に抱かれた。

まとめた荷物も、メモリーを消した携帯も、電気も点けっぱなしで、何もかもそのまま、ぼくは冷えるフロ
ーリングの床の上で彼に足を開いた。



どうして。

どうして。

どうして憎めないのだと。

切り捨てることが出来ない自分の弱さを嘆きながら、でも同時に沸き上がる愛情を殺すことは出来
なかった。



けだもののように吠えながらぼくたちは交わる。

傷つけて傷つけられて、最後には殺し合うのかもしれないけれど、ぼく達は確かに今、誰よりも深く愛
し合っていた。




※アキラしか愛していないけどなんとなく不誠実な進藤さんでした。浮気まで行かない軽い浮気と、それに心を痛め、激怒しつつも
結局許してしまうアキラさん。両思いなのにちょっぴり不幸というお話しです。
この頃脳の老化が進んで来たので似たシチュエーションで以前にも書いているかもしれませんがご勘弁を。お初が好きなのと同じ
くらいに実はちょっぴり不誠実な進藤さんというのも書いていて好きだったりするんですよ。すみません〜。2006.1.27 しょうこ