ねがい
※この話は「鎮魂花」のシリーズです。これだけでも読めますが、よろしければ「鎮魂花」や他の話を先に読んでから読んでやってください



そもそもが、生命保険に入るなんてことは、思いもしないことだった。

そんな金があれば生活費に回したいし、それでも尚ちょっとのゆとりがあると言うなら、
それこそ将来の為に貯金したい。


自分の周りも大体そんな感じだったので、それが当たり前だと思っていたら、最も意外
な人物から意外な言葉を聞いたのだった。


「え? 生命保険? んなの…」
「入って無いよなあ」


笑い飛ばそうとしたのに一緒にテレビを見ていた進藤は、しれっと「もちろん入ってるよ」
と言ったのだった。


「なんで? おまえもうそんなにおれよか収入あんの?」
「まさか、相変わらずびんぼーだけどさ」


でももしおれに万一のことがあったらきっと生きていけないと思ってと、これは更に意外
なことに親孝行だったんだなと感心したら、受取人は親では無いと、とんでも無い親不
孝なことを言う。


「親じゃないよ。親は……たぶんおれがいなくても生きていけるもん」

それよりもっと心配なヤツがいるんだよなあと、言う相手が誰なのかはその時は教えて
貰えなかったのだけれど、ずっと後になって進藤がそっと打ち明けてくれた。



「おれ、塔矢のために保険に入ってるん」
「ええっ??」
「あいつ、きっとおれが居なくなったら当分まともに生活出来なくなると思うんだよな」


もしかしたら打つことも出来なくなるかもしれない。だから再び生きていけるようになるま
での生活費を用意しておかないといけないんだと、それは進藤が塔矢と付き合っている
と、おれに打ち明けてくれた時でもあった。


「ほら、おれ達って世間的にも認められない仲ってヤツじゃん? 男女じゃないから結婚
も出来ないし子どもも残して逝くことも出来ない」


だから万一の時に相手が何の収入も無くなってしまっても当分生きていけるようにと、生
命保険に入ったのだと聞いた。


「……って、でもあれ最初に聞いたのまだ二十歳ん時だぞ」
「うん、あのちょっと前から付き合い始めてさ、それですぐに保険に入ったん」


だってあいつおれが居なかったらマジで生きていけなくなりそうだからと、のろけにしか聞
こえないようなことを進藤はごくごく真面目に言ったのだった。


「だからさ、あいつに残していくん」

おれが居なくなっても、ちゃんと食べて息をして、いつかまた笑えるようになって欲しいか
らと、そう聞いた時は色々なショックも重なってただ驚いたとしか思えなかった。



でもそれから何年も睦まじく暮す二人を見て、確かに保険は必要だと思った。

こんなに深く愛し合っていては片方が居なくなったら、それは残された方は生きていけな
いだろうと、いつの間にかおれはあいつらが男同士だとかそういうことは忘れてしまった。


そして、長い年月の後、思いがけず塔矢の方が先に逝ってしまった時に、おれはいつか
の進藤の言葉を改めて実感を込めて思い出すことになった。


最愛の相手を失って、食べることも眠ることも打つことも出来なくなってしまった。

そんな進藤のために塔矢がやはり受け取り人を進藤にして、同じように生命保険をかけ
ていたことを知ったからだ。


(おまえ達、偉いよ)

負けたよ感服したよと、泣きながら暗い部屋に閉じこもり続ける進藤に差し入れを持って
行ってやりながらおれは心からそう思い、同時に羨ましくも思ったのだった。


付き合い始めたそんな最初の頃から、お互いにお互いを思いやって、相手のために保険
をかけた。


それは肉親にとっては裏切りだったかもしれないけれど二人にとっては最大級の愛情だっ
た。


こんなに愛し合っている恋人達を見たことが無い。

だからこそ、なるべくならこんな用意が必要でなければ良かったのにと、部屋に飾られて
いる遺影の中で微笑む塔矢の顔を見て、おれは思わずそう呟かずにはいられなかった
のだった。





※すみません、すみません、やっぱり死にネタは嫌ですね。久しぶりの「鎮魂花」です。結構前に書いていたのですが、なんとなくやっぱり
載せるのが嫌だなとアップせずにいたら、最後までこれが残ってしまいました。すみません、すみません。すみませんしか言えません。
2010.1.29 しょうこ