いつか見た夢




「もう少し好き嫌いを直せって言っていたよ」

皿の端にピーマンとセロリを寄せていたら塔矢にぽつりと言われた。

「誰に?」
「知らない。でもキミは少し好き嫌いが多い傾向があるから、特にちゃんと野菜や
果物を食べた方がいいって」


目の前で黙々と食事をする塔矢の皿は舐めたようにキレイで、おれのように嫌っ
て皿の端に寄せるようなものは無い。


「それって単におまえが言ってるだけじゃん?」
「いいや、ちゃんと言われた。キミは少し短気ですぐに結論に飛びつくような所が
あるから大局を見るように努めろとも言われた」


もっともその人はもっと優しい言い方だったけれどねと箸を置きながら塔矢は言
った。


「その人って誰だよ」
「だから知らない。夢の中で話しただけだから…」


誰ともわからない人と打って二言三言話をしたと、でも朧気でよくは覚えていない
ということだった。


「そんなの―それじゃ全然わかんないじゃんか」
「キミは…わかるんじゃないか?」
「え?」


食後のお茶を煎れながら塔矢がふいにまっすぐにおれを見た。

「ぼくはきっとキミが知っている人だと思うけど」

ヒカルってキミのことを呼ぶ人はそんなに多くはいないんじゃないかと言われて胸
がドキリと大きく鳴った。


「だって…そんなの…ただの夢じゃん」
「うん、ただの夢だ」


でもその人はキミのことを心配していたよと、それが本当に夢に現われた誰かの
言葉なのか、本当はそう言いつつ遠回しにおれを心配している塔矢の言葉なの
かおれには判断出来なかった。


ここの所おれは不調でそれ故に生活も少し荒れ気味になっていたから。

「大体…そうだとしてなんでおまえの夢に出るんだよ」

おれの方に出ればいいのにと思わずぼそりとつぶやいたら、塔矢はくすっと苦笑
のように笑った。


「知らないよ。キミがあんまり情けないから怒っていたのかもしれないし」

キミの夢に出たけれど、キミが忘れてしまったのかもしれないと言われて閉口する。

「忘れねーよ、もし本当に夢にあいつが出て来たんなら!」
「だったら単に直接言うよりも、ぼくを経由した方がキミが素直に言うことを聞くと思
ったのかもしれないね」


キミは案外見栄っ張りな所もあるからと言われて結構な図星でぐさっと刺さる。

「…そう言ってた?」
「何が?」
「おれのこと情けないって…」


もしそうだとしたらものすごく辛い。

「…最初に言っただろう、少ししか話していないし、ぼくもそんなによく覚えていない」

でも情けないとは言ってはいなかったと思うと言われてほっとした。

「よろしくって言われた」
「え?」
「最後によろしくお願いしますって」
「なんだよそれ―」
「さあね、でもとにかくそう言われたからぼくはそれをキミに伝えたんだよ」


だから好き嫌いなくピーマンもセロリも全部食べろと寄せた野菜を指さされて渋々
食べる。


「おれ…これあんまり好きじゃないんだけどなあ…」
「好きじゃなくても食べた方がいい。デザートには果物も買ってあるから一緒に食
べよう」


蜜柑だよと言われてほんのりと笑った。

「それもあいつに言われたん?」
「いや、ただぼくが食べたくて買っただけだ」


でもその人の好物でもあったならみんなで一緒に食べようかと、塔矢は箱の中か
ら蜜柑を取り出し、テーブルの端に並べるように三つ置いた。



『その人』が誰なのだとは塔矢は聞かない。

おれもまだ話すつもりは無い。

でもこうして三つの蜜柑が並んでいるのを見ていたら、三人で一緒にテーブルに着
いているような気持ちになった。


「なあ…」
「何?」
「もしまたその…誰だかわからない人に夢の中で会ったら、おれがちゃんとピー
マン食ったこと伝えてくれる?」
「ああ、伝える」


セロリも食べて、それから毎日頑張っていることもちゃんと伝えてあげるよと言わ
れて、おれはふいに泣き出しそうになり、泣き顔を塔矢に見られるのが嫌でその
ままベランダに逃げたのだった。




※なんとなく、なんとなーくですが、佐為ちゃんはヒカルの夢には(一度現われたあれ以降)現われないような気がします。
いつかヒカルが自分のやるべきことを全部終えて、生きるべき時間を生き終わった時にやっと向こうで会える、そんな気が
します。
でもその分、アキラの夢には出てくるんですよ。それでちょっとヒカルの愚痴をこぼしあったりとか(笑)
でもそういう所がヒカルのいい所なのだと笑いあったりとかするんじゃないかと思います。


ちなみにこれがアキラの初夢ってことで。

2009.1.3 しょうこ