いつか朽ち果てる日
※この話は鎮魂花のシリーズです。この話だけでも読めますがよろしければ「鎮魂花」を読んでからお読みになって下さい。




「重くない?」

ぼくが尋ねると、進藤は小さく笑い声をあげた。

「重いわけ無いじゃん。むしろ軽いって」

軽すぎて怖いくらいだと、そしてぼくを揺すり上げる。

「…おれ、随分待たしちゃったからなあ」

寂しかった? と尋ねられて、躊躇った後「うん」と答える。

「でも、きっとキミの方が長かっただろうと思うから」



好き合った者同士でも命のさだめは人によって違う。

添い遂げたいと思っても、生まれついての決められ事は自分の意志ではどうにもならない。


「そうだな。うん…おれは長かった」

どんなに早くこっちに来たいと願ったことかと言われて胸がしくりと痛んだ。


「でもそんなことしたら、おまえに絶対怒られるし」

他にもきっと怒るだろう人が居るからと、ぼくもその人のことはもう知っているので頷いた。

「そうだね、あの人は怒るかもしれない。いや、怒るよりきっと悲しんだだろうと思うよ」

誰よりもキミのことを想って見守って来た人だからと、その言葉に渡り途中の進藤の足がぴ
たりと止まった。


「誰よりもって、違うだろう」
「……」
「おれのこと、誰よりも想っていたのはおまえだろう」


そう言われて、頷きたくてもすぐにはぼくは頷けなかった。

「…そんなこと、軽々しく言えない」

キミに早く会いたくて、キミの命が早く終わりを迎えればいいと、時にそんなことまで思ってし
まったぼくには『誰よりも』と言う資格なんかこれっぽっちも無い。


「でも、おれのこと待ってたのおまえじゃん」

向こう岸にも渡らずに、ただひたすらにおれが来るのを待っていたのはおまえじゃんかと言わ
れてぼくは俯いた。


「だってぼくにはキミしか居ないから…」


ずっとキミしか居なかった。

生きている時も居ない今でも。



しがみつく、彼の首は温かくて、背負われている背中は広い。

でも、広いかと思ったら、自分とさして変わらないようにも思えて来る。


「初めて会った時から、ぼくにはキミしか居なかった」


川面に映るぼくの姿は逝った時よりずっと若い。

何故そうなったのかは知らないけれど、彼と出会って少しした十四、五くらいの姿になって居る。

だったらまた、彼もぼくと同じくらいの年になっているのかもしれなかった。




番った相手が死んだ時、片割れは愛する人に背負われて三途の川を渡ると言う。

そんなこと、話の中だけと思っていたのに本当のことだったと、逝って初めてそのことを知った。




「…もしおれが他の誰かと来ちゃったらどうするつもりだった?」

再びゆっくり歩き出しながら進藤がぼくにそう囁く。


「おれ、いい加減なヤツだから、おまえが居なくなった後、結構非道い生活してたし」

女ともたくさん関係したよと、でもぼくはそのことで彼を責める気持ちにはなれなかった。

「でも、キミは一人で来た」

知っているよ。

確かにキミはたくさんの女性(ひと)と寝たけれど、それでも決して誰も愛さなかった。怖いくらいに、
愛していたのは常にいつもぼく一人だった。



「だからぼくは…」

嬉しいよと、しがみついたら進藤は黙った。黙った後、しばらくしてから「バカ」と言った。

「おれより先に死んじゃって、なのにずっとおれのこと好きで、おれなんかのことずっと信じて待っ
てるんだから」



おまえ本当に大馬鹿だと。

言う言葉はたまらなく優しい。



愛しているよ。

愛している。

言葉に出して言うよりも伝わって来る温もりがその百倍も想いを伝える。




「向こうに渡ったらまず何したい?」

ちゃぷっと、流れに足を取られかけ、苦笑しながら進藤が尋ねる。

「やっぱり打つ? 最初はそれ?」
「いや」


打ちたい気持ちはもちろんだけど、ぼくにはそれよりも、ずっとしたいことがあった。

「ぼくはキミと抱き合いたい」

打つよりも何よりもキミとしっかり抱きしめ合いたいとぼくが言ったら進藤は、「おれも」とぽつりと
言ってからぼくを一回揺すり上げ、それから静かに泣いたのだった。




※鎮魂花です。ヒカルがアキラを背負って川を渡る話を読みたいという感想を頂きましてそのまま一気書きしてしまいました。
2010.3.2 しょうこ