代償行為
二泊三日家を空けて、帰って来たらリビングのビデオデッキに電源が入ったままだった。
最近は専らDVDばかりなので珍しいと思い、何気なく見たらテープがまだ入っていた。
(進藤、何を見ていたんだろう)
自分の居ない暇つぶしに昔録画した映画でも観ていたのだろうかと考えて、本当に軽い
気持ちで再生した。
途端に画面に現われたのは露骨なAVだったので、ほとんど反射のように電源を切った。
「今の―」
別にもう大人なんだし、こういうものを観ていたとしても何らおかしなことでは無いのに、
ぼくは非道くショックを受けた。
ごく当たり前な、ごくごく普通のアダルトビデオ。
その男女の絡みと喘ぐ声は、ほんの一瞬でも嫌という程焼き付いた。
「進藤…これを観ていたのか」
観て、性の処理をしていたのだろうかと思ったら頭の先からゆっくりと血の気が引いて行
くのが解った。
怒ったのでは無い、嫌悪したのでも無い、ただ…ただ、衝撃だった。
(別にこんなもの観たって)
大丈夫だ。そう思うのにいつまでも凍り付いたように動けないのは、やはり彼はこういうも
のが好きなのだと、そう思ったからだ。
一緒に暮らしてそういう関係になっている。それにも関わらず、彼の元々の嗜好はやはり
ごくノーマルなものなのだと思い知ったことが痛かった。
『おれ、別にホモじゃない』
ただおまえが好きなだけと以前本人が言っていたのを聞いたことがある。
自分自身も同性愛者では無いと思うので同じと言えば同じなのだけれど、少なくとも自分
は男女の絡むAVを観て興奮することは無い。
進藤にしか欲情しない。彼に対してしかそういう欲求を感じない。
それがノーマルか否かと問われれば自分でもよくわからないのだけれど、それでも彼と自
分が決定的に違うということだけは解ってしまった。
「一人で、こんなもので…」
抜いたのかと思ったら泣きそうになった。
改めて再生してゆっくりと観てみる。女優が自分に似ているとかそういうことも無く、逆に派
手目なタイプで、最後の望みも断たれてしまったような気持ちになった。
そうか、そうなのかとそういう気持ちでしばらく動けず、でも気がついたらほとんど無意識に
テープをゴミ箱に捨てていた。
そしてその足で外に出る。
何処へというわけでは無い。むしろ何処へ行ったらいいのか教えて欲しいくらいだった。
数時間、いや、もっとだったかもしれないけれどふらふらと街中を歩き回り、最終的には歩
き疲れて公園のベンチにたどり着いた。
ぼんやりと座り、そうしてみて初めて辺りが暗くなっていたことに気がつく。
「進藤、もう帰って来た頃だろうか」
自分が勝手にテープを捨てたことを怒っているだろうかと考えて、それから怒っていても構
わないと思った。
(あんなもの)
自分の居ない隙にあんなもので処理をした。それが不潔で許せない。
「そんなに女性がいいならぼくと別れればいいじゃないか」
欠片も望んでいないのにそんなことまで思ってしまう。
と、唐突に胸の携帯が鳴った。
進藤だと思い、取るのを躊躇っているうちにそれは切れて、でもすぐにまたかかって来た。
それを何度繰り返しただろう。
あまりにしつこくかかって来るので電源を切ろうかと考えて思い直して電話に出てみる。
「進藤?」
『ゴメン!』
第一声は叫ぶようなそれだった。
「別にもう―」
『怒ってんの解る。おまえが怒っても無理は無い。とにかくおれが1から10まで悪かった』
言葉を挟む隙も無い、畳みかけるような謝罪だった。
『おまえがいるのにあんなもん観てゴメンナサイ』
だからどうか早まらないで許してくれと、平身低頭謝り続けるのにようやく言葉を挟む。
「いやだ」
許さないと、ぽつりと言ったらその後また機関銃のように謝りの言葉が続いた。
『悪い、本当に本当に悪かったって、自分でも最低だってちゃんと解ってるんだって、幾
らちょっと声がおまえに似てるからって―』
「声?」
言葉尻を捕まえて尋ねてみる。
『ほんと、悪いと思ってるんだって、アレ、ちょっとだけ喘ぎ声がおまえのソレと似てるか
らさぁ』
ブツと電話を切った。
汚らわしいと思った。
よりによってそんな理由であれを観ていたのかと怒りの炎に更に油を注がれた感じだ
った。
「…許すもんか」
絶対に許してなんかやらないのだと、刃のように尖った気持ちでそう思う。なのに…。
何故だろう、気がつくとぼくはうっすらと唇の端で微笑んで居る自分に気がついてしま
ったのだった。
※声は自分じゃ解らないですからねえ…。この瞬間に完璧に許してしまっている上に実はラブ度もアップして
いるわけですが、かなりねちねちとアキラはヒカルを苛めると思いますよ。恐ろしや。
2010.10.19 しょうこ