"trigger"



怒った時の進藤は怖い。

普段は軽薄と思えるほど、にこにこと笑顔の大安売りで、誰にも彼にも愛想がいいが、
真剣に心の底から怒った時は雰囲気からしてがらりと変わる。


こんなにも人が変わるものかと驚くくらい、拭ったように何もかもが冷ややかで圧倒的
な威圧感を持って迫って来る。


ぼくに対しては彼はいつも大甘で、周囲から見るとぼくの方が怒っている方が多いと思
っていることだろう。


じゃれ合いのような口論は日常茶飯事で、それも端から見ると相当迫力があるらしいの
だけれど、大抵そういうものは後を引かない。


引いてもいずれ何も無かったかのように消えて行く類のものがほとんどだ。

けれど本気で怒らせた時は違う。

瞳からは温もりが消えて、声のトーンもかなり下がる。まっすぐに見据えられて、静かな
口調で切り出された時、ぼくはいつも彼のことを心から恐ろしいと思うのだ。




「――で?」

随分長い間黙った後で、進藤が言ったのは問いかける言葉だった。

「それで、おまえはどうしたいわけ?」
「どうって…」


最初はいつもの口論だった。

彼がそんなことをするはずが無いと思いつつ、最近噂を聞いた若い女性のことを問い
詰めたのだ。


『キミはいつもそうだ』
『本当は女性の方がいいと思っているんだ』
『本気でぼくを好きならば、こんなに頻繁に女性と噂になるわけがない』


愛想の無いぼくと違って、彼は女性に人気がある。だから一方的に好かれて、勝手に
妄想紛いの噂を撒かれることがあるのも重々承知していたのだけれど。


『こんなことが続くようならぼくにも考えがある』

いつもは断って来たけれど、今度の見合は受けようかなと、それは単に彼を詰る言葉
の一つとして深く考えずに舌に乗せてしまったのだけれど、瞬間彼の表情が変わった。


動揺したのか、ざまをみろと思ったのは一瞬で、すぐに自分が大きな間違いを犯したこ
とに気がついた。


「…ふうん、見合い話が来てたんだ」

ゆっくりと言いながら、進藤がすっと目を細める。

「それは―」
「おまえ、いつもはおれに教えるのに今度はその話、一言もしなかったな」


それって結構マジな見合いで、断り難いものなんじゃないかと言われてドキリとした。

「そんなこと―」
「あるんだろ。おまえ、嘘つく時はおれの目を見ない。見ないってことはアレだよな。断
れなくてもう見合いすることになっちゃってるんだろう」


図星だった。

いつもなら話が出た段階で断るのだけれど、今回は父の古い知り合いから持ち込まれ
たものだったので、顔を立てるために形だけでいいから会ってやってくれと言われてし
まって突っぱねることが出来なかったのだ。


「別に…会うだけで、その後お付き合いをするつもりは無いんだからキミに話す必要は
無いだろう」


後ろめたさを覚えながら、それを隠すようにわざとつっけんどんに言う。

「うん、無いな」

でもだったらおれも噂になったヒト達のことでおまえにどうこう言われる筋合いは無いよ
なと切り返された言葉にぐっと詰まった。


冷ややかな目が怖い。

「同じだろ。今おまえがぎゃんぎゃん責め立てたヒトだって、1回仕事で食事しただけだ
し、だからって別に付き合う気なんかカケラも無いし」


だから殊更言わなかったのにおまえはおれを責めて、そのくせ自分は見合いすること
を隠していたと。




「―――で? おまえは結局どうしたいわけ?」

居心地が悪くなる程長い間黙って、それから進藤はぼくに言った。

「どうって…」
「別れたいん? それでお互い別々に人生送りましょうってそう言いたいん?」
「そんなこと…」


思ってもいないことにぞっとして首を横に振る。

「じゃあ、おれに土下座でもして謝って欲しいん? つまんない噂でおまえを傷付けて
申し訳無かったって」
「違う…」


けれど本当はそれに少し近かった。

ぼくはこんなにキミを愛しているのに、キミは不誠実だと罵って嫉妬する気持ちを晴ら
したかったのだろうと思う。


「だったら!」

びしりと叩くような強さで進藤はぼくを睨んだまま言った。

「一々つまんないことで揺れて試すな!」

おれはおまえのことしか愛さない。一生おまえ以外の誰にも心を移すことは無いのだ
から、つまんない焼き餅で人の気持ちを試すなと、それは耳にも心にも痛かった。


「返事は?」

にこりともしない顔でずいとぼくに迫って来る。

「……なさい」
「聞こえねえ!」
「…ごめんなさい」
「謝るくらいなら、最初っから言うな!」


乱暴にぼくの手を掴み抱き寄せる。

「塔矢の………くそったれ!」

悔しそうに言いながら抱きしめる彼の腕の中、ぼくは泣くのを堪えながら、今更のよ
うに自分が震えていることに気がついたのだった。




※甘く無い話でごめんなさい。アキラファンの方には大変不評なんじゃないかな。んー、でもなんか書きたかったんですよ。
アキラは勿論怒らせると相当怖い人ですが、でも本当はヒカルの方が本気で怒らせたら怖いんじゃないかなって。
怖いヒカルを書きたかった。
2010.12.23 しょうこ