Stand by me



他の誰のために死んでも進藤ヒカルのためにだけは死ぬまい。

そう決めた。



母親似の顔と髪型のせいで、見も知らない人に絡まれることがぼくには多い。

その日も電車の中で酔っぱらった数人に絡まれて、途中の駅で引きずり下ろされた。あまり性質が
良く無さそうな連中だったので、皆見て見ぬふりをしていて、だから自分でどうにかしなければいけ
ない。


目で駅員を捜している時に、ものすごい勢いで飛びかかって来た者が居た。

進藤だった。

その時は驚いて進藤の姿しか見つけられなかったけれど、彼はたまたま同じ電車に和谷くん達と乗
っていて、ぼくが絡まれるのを見て一緒に降りて来たのだった。


「て…めぇぇ」

ぼくの腕を掴んでいた男がまず吹っ飛ばされて、その隣に居た男が次に蹴り倒された。

進藤は喧嘩が強いんだなと、ぼくはこんな時なのにそんなことに変に感心していた。

「大丈夫か?」

両肩に手を置かれ、尋ねられた時には残りの連中も和谷くん達に倒されていて、半ば呆然とぼくは
彼に頷いたのだった。


「大丈夫…ありがとう」

「なんでおまえ、ぎゃーとか嫌だとか声出さないんだよ」

進藤はとにかく怒っていて、ぼくに向かって大声で怒鳴った。

「おれにはいつも怒鳴るくせに、どうしてあの半分の声でいいからあげないんだよ」

「…あげようとした時にキミが殴りかかって来たんだ」

「って、じゃあ余計なことだったかよ、悪かったな」

とにかく、何故こんなに怒っているのかわからないというくらい、進藤は怒り心頭に達していて、近寄
って来た和谷くん達にやれやれという顔で窘められた。


「まあ、いいじゃん進藤。塔矢無事だったんだし、あんな時ってびっくりしてすぐには対応出来ないん
と違うか?」


「だからって、あんな言いなりでついて行ってどーすんだよ。カツアゲ程度で済めばいいけど、何され
るか解ったもんじゃないだろう」


こいつ本当に碁以外ではぼーっとしていて間抜けで目が離せないと、聞き捨てならないことを言うが、
ぼくとしてはあまりに事態が目まぐるしすぎて何か言おうと言う気にもならなかった。


ようやく言った言葉は「君達どうしてここに」だったので進藤には深く溜息をつかれてしまった。

「飲み会だったんだって。たまたまこの線だったけど、違う所で飲んでたら居合わせられなかったぜ」

そうしたらどーしたんだよおまえと言われて、なんとかしたんじゃないかなと答えたらまた何か怒鳴り
返されそうな気配があった。


「……まったく」

けれど進藤は怒鳴らずに溜息をついて、ただぼくの肩を強く掴んだのだった。

「頼むからもっと用心してくれよ」

おれの命いくつあっても足らないじゃんと言われて思わず言い返した。

「別に、キミの命はキミのために使えばいい。ぼくのためになんか使わなくていいよ」

「そんなこと出来るわけ無いだろう」

「ぼくはキミのためになんかぼくの命を使わないよ。ぼくはぼく自身のためだけに命を使うつもりだか
ら」


「まあまあ、進藤も塔矢もちょっと落ち着けって、なんか論点ズレて来てるし」

それにそろそろ立ち去らないとヤバイことになりそうだからと和谷くんに言われて、慌てて皆でちょう
ど止まった電車に飛び乗った。



後のことは知らない。

怪我という程の怪我を相手は負っていなかったし、酔っぱらいの喧嘩として処理されたことと思う。

けれどそれ以降、万一相手がぼくを覚えていたらと進藤がぼくの行き帰りに付き添うようになったの
には閉口した。


「勘弁してくれ、子どもじゃないんだから」

「子どもの方がよっぽど自衛意識が強いって、おまえ防犯ブザーすら持って無いじゃん」

それでそんなに天然だったらいつまた何かに絡まれるかもしれないと、自分の手合いや用事に関わ
らない日には無理矢理ぼくの側に居る。


「最低でも二、三年はこのままおまえの側にいるからな」

宣言されて拒絶したけれど進藤は聞かない。

きっとまた同じようなことがあったら同じようにしてぼくのことを守るんだろう。

自分の命も平気で惜しまず差し出して――。


それがとても悔しかった。

悔しくて切なくて悲しかった。

(ぼくのためになんか絶対に死んで欲しく無い)

でもキミは絶対にぼくの言うことなんか聞いてくれないから、だからぼくは決めたのだった。

進藤ヒカルのためになんか死なない。

もちろん自分自身のためにも死なない。

彼が命を無駄にしたりしないように、ぼくは進藤ヒカルのために生きるのだ―――と。


※何をどうしてもヒカルは自分を守っちゃう。そして万一自分がヒカルのために死ぬようなことがあれば可哀想なくらい己を責めて
一生幸せには生きられないだろうとそう悟ってしまったので、ヒカルのために自分の身を大切にしようと決めたアキラの話です。
自分自身のことは無頓着な人なので良かったのではないかと思います。
2011.5.4 しょうこ