去りゆく春
「卒業式だ」
駅まで向かう道のりの途中、進藤が中学校の前で立ち止まるとぽつりと言った。
「今頃だっけ? なんかもう忘れちゃったなあ」
そう言いつつ眺める先には昨日までは無かった白い立て看板と、その向こう、式をやっているらし
い体育館の窓に紅白の幕がほの見える。
「…場所によって多少の違いはあるから」
でもキミとぼくの学校は確か同じ日に卒業式だったよねと言ったら進藤は笑った。
「うん。おまえの対局、早く見に行きたくてたまらなかった」
いつも長い校長の話が更に長く感じて苛々したと言われて苦笑した。
「せっかくの門出の言葉をそんな風に言ったら失礼だよ」
「式に出もしなかったヤツに言われたくは無いなあ」
こちらもまた苦笑したように言って、それから進藤はふいにぼくの手を引いた。
「写真撮ろう、写真」
「え?」
「おまえとおれが一緒の卒業写真って無いじゃん?」
今なら誰も居ないからと言われて、でもぼくは躊躇った。
「怒られるよ。卒業生でも関係者でもなんでも無いのに」
「怒られないよ。別に写真くらい撮ったってさ」
それより早く撮らないと、式が終わって撮れなくなるからと言われて渋々彼と共に立て看板の前に
立つ。
「それじゃ撮るぜ」
いい顔で笑えよと言って、進藤はぼくの肩を抱き寄せると携帯で写真を撮ったのだった。
「ん、よく撮れてる」
撮った写真を確認して、それから進藤は何故かぼくにはそれを見せずにポケットに仕舞った。
「どうして見せてくれないんだ」
「見せてもいいけど、おまえ撮り直せって言いそうだから」
だから仕事が終わって家に帰ってからゆっくり見せてやるよと、そして後は有無を言わさずぼくの手
を引くと、その場を立ち去り駅に向かったのだった。
その夜遅く、ぼくがしつこくせがんだら、進藤は渋々と朝撮った写真を見せてくれた。
「なんだ覚えてたんだ」
けろりと言われてムッとする。
「覚えているよ、当たり前だろう」
あんな風に隠されたら、どんな非道い顔で写っているのかと気になるじゃないかと言って笑われた。
「別に変な顔に写っていたから見せなかったわけじゃないよ」
そして笑ったまま、携帯をぼくに手渡す。
「な? 別におかしく無いだろう?」
携帯の狭い枠の中、ぼくと進藤が『卒業』と書かれた看板の前で笑っている。
「本当だ。別に変な写真じゃ…」
言いかけてぼくは口を閉ざした。
写っている進藤はいつも通りに機嫌良く明るい。でもぼくは…目の下を赤く染め、少しはにかんだよう
な顔をしたぼくは、携帯のカメラでは無く彼の顔を見詰めて居た。
(これ…)
あの時ぼくはちゃんと携帯を見ていたはずだった。でも一瞬、抱き寄せる腕が嬉しくて、つい彼の顔を
見てしまったような気がする。
(こんなに赤裸々に気持ちが写ってしまうなんて)
写真は怖いとそう思った。
「進藤、この写真消し…」
「ダメだよ。もうPCにも保存しちゃったし」
何よりおれがすごく気に入っているんだから絶対消さないと言ってぼくの手から携帯をもぎ取った。
そして―。
その言葉通り進藤は程なくしてその写真をプリントアウトして額に入れてリビングに飾った。
テレビの横の飾り棚の上、他の様々な写真と一緒に並べられた写真の中では、ちょうど仕事に行く
所だったので、揃ってスーツ姿をしているぼくと進藤が写っている。
たまらなく幸せそうで、たまらなく照れ臭そうな、正にそれは『この世の春』。
春が去り、夏が来て、秋が終わって冬になっても、写真の中のぼく達は目をやればいつでも幸せそう
に笑っていた。
※なんとなく卒業式シーズンだよなあと思いまして。意外にも号泣する男の子なんかがいたりするものですが、ヒカルはきっと
「早く終わらねーかなー」とかそういうことばっかり考えていて上の空だったんじゃないかと思います。
卒業式で泣いてしまうのは別れが辛いからと中学生としての時間が終わってしまうことへの切なさとかなんだと思うのですが、
ヒカルはもっとずっと先を見てしまっているので「今を惜しむ」ということが無いのかもしれないですね。アキラもたぶんそう。
先へ先へ。
2010.3.19 しょうこ