二重拘束
塔矢家が強盗被害に遭った時、非道いダメージを受けたのは、実際に強盗と対峙することになった
アキラでは無くその場に居ることも無かったヒカルの方だった。
「とにかく、おまえ明日から家に来い。それでもう絶対帰さないから! おまえがどんなに嫌でもどう
でもおれと一緒に住むこと!」
一人で住むなんてもう一生許さないと、ヒカルは警察署にアキラの兄弟子達とアキラを迎えに行った
日に叫ぶようにして言ったのだった。
その頃、アキラはヒカルとそういう意味で付き合い始めたばかりで、でも気持ちだけはずっとあった。
あったから余計に一緒に住むということは避けたいと思っていたのだけれど、速攻で分譲マンション
を買われてしまった日には逆らうことも出来なかった。
「はい、これおまえの鍵な。もう契約しちゃったから、おまえが出ていきたければ出て行ってもいいけ
ど、数千万の借金をおれが負ってることを忘れんなよ」
突きつけるように鍵を渡されたアキラは表面上はむっとした顔をしたけれど、内心は苦笑半分という
所だった。
自分が遭ったことを知ったらヒカルがこういう行動に出るだろうとは、半ば予想していたことだったか
らだ。
ヒカルはきっと自分を側に置いておきたがる。人の目もアキラの感情も全て無視して縛り付けようと
するだろうと。
(でも実際に効いている)
ヒカルが買ったのはファミリータイプの広いマンションで駅にも徒歩数分で着く。
一時期に比べたらマンションの値段は下がったとはいえ、まだタイトルも取っていないヒカルは、三
十年以上のローンを抱えることになったのだ。
それをあっさりと無下にすることなどアキラには性格的にも出来なくて、そこら辺、ヒカルはアキラを
よく解っていると言わざるを得ない。
部屋は八階建ての五階で、角部屋では無かったけれど独立性は保たれている。
管理人常駐でセキュリティはそこそこ、外観もそこそこという感じで、アキラはそれを選んだことにも、
また舌を巻いた。
いかにもな戸建てに住んで狙われた。それをまたいかにも高級そうなマンションに住んでは意味が
無いと、凡庸で特出するものが無い物件をわざわざ探して選んだのだ。
全てはアキラが二度と危ない目に遭わないため。その潔さにアキラは素直に感嘆した。
「そもそもおまえんちって、おまえを含めて暢気過ぎるんだって。元名人宅で、高級住宅街に建って
る、外見もあんなに高そうな家なのにさ」
平気で中学を卒業したばかりの頃からアキラに一人で留守を守らせていた。それをヒカルはずっと、
はらはらと心配し続けていたのだ。
「でもちゃんと警備会社と契約していたし、そのセキュリティのお陰で今回も助かったんだし」
「助かったって、たまたま運が良かっただけじゃん。もし気の短いヤツだったらどーするつもりだった
んだよ」
ヒカルの怒りはごもっともで、でもいくら友人だからと言って、どうして部外者のおまえがそこまで怒っ
ているのだと兄弟子達は内心思っていたことだろう。
「さっき向こうでおまわりさんに聞いた。あんなこと絶対もう二度とダメだ」
「…進藤」
襲われたのは深夜二時を少し過ぎたくらいだった。
いきなり庭側から侵入されて、気がついた時には布団の上に馬乗りにされていた。
『金』
寝ぼけた頭で最初に聞いたのはそれで、でもなかなか実感が沸かなかった。
『金寄越せ、金』
もしかしたらこんなことがあるかもしれないとは思っていた。でも実際に起こるとそれはどこか陳腐な
芝居のように見えるものなんだなとアキラはぼんやり思っていた。
『聞こえねーのかよ、金を出せって言ってんだ』
『お金ならそこの机の上の財布に数万入っています。カードもあるので足りなければそちらから下ろ
して下さい』
『番号は?』
『××××』
すんなりと言ったアキラを強盗は胡散臭そうに見詰めた。
『嘘ついてんじゃねーだろうな。もし嘘だったら容赦しねーぞ』
『嘘なんかついていません、その番号は本当です』
強盗は複数居て、別の部屋を物色していたらしい男にカードはすぐに手渡された。
『今からこいつが下ろしに行くからな、もし出来なかったら命は無いと思え』
ああ陳腐だ。
どうしてこんなにも陳腐なセリフしか言わないんだろうか。
アキラにももちろん恐怖はある。けれど金さえ出せば命まで取られることは少ないだろうと思って
いた。
(最初から顔が解らないようにちゃんと隠しているし)
もう初夏だというのに目出し帽、さぞ暑かろうとアキラは密かに気の毒にさえ思っていた。
それから程無くして、携帯が鳴って強盗が出た。
『どうだ? あ?』
下ろせないだとと続いた言葉にアキラは顔を上げた。そんなはずは無い、番号は本当に正しい番
号を教えたのだ。
しかし同時に気がついてしまった。今日は日曜だ。もしコンビニで下ろそうとしても場所によっては
明日の朝まで下ろせないことがある。
『貴様ぁ』
嘘をついたらどうなるかと言っただろうと、迫って来た男はもう怒髪天を突いていて、アキラが曜日
を訴えても聞いてはいない。
『ふざけた真似しやがって』
迫られて、後ずさりして壁際に追い詰められ、首に手をかけられた所でアキラはついと正面から強
盗を見詰めた。
『申し訳ありませんが、もしぼくを殺すならば絞殺か扼殺以外で殺して下さい』
ぎょっとしたように強盗の手が止まった。
『それらは死に顔が汚いと聞きました。ぼくはぼくを亡くして悲しむ人にそれ以上の苦痛を与えたく
ない』
『き――』
キ××イかと強盗の目は言っていた。この瞬間、言うべきことは他にいくらでもあるだろう。悲鳴の
一つあげるなり、命乞いの一つでもすればいいものをこともあろうに殺害方法に注文をつけて来た。
それがとても気味悪く映ったようだった。
『聞いてられっか、そんなこと!』
逆ギレしたように一気にアキラの首を絞めにかかった所で警備会社の車が着いた。
短いようで長い15分。
後に塔矢行洋氏は契約と駆けつけた時間が違い過ぎるということで、この警備会社との契約を反故
にして別の会社と契約し直したらしいが、相当堪えたらしい。
息子が家を出ることについてはひとことも反対しなかった。
「あんなこと…どうして」
おまえ頭がいいんだから舌先三寸でバカな強盗くらい、いくらでも言いくるめられるだろうとは、泣きな
がらヒカルに言われたことである。
「そんなことあんな状況で出来るわけ無い。向こうは逆上しているし、ぼくはどう考えても逃げられそう
に無かったし」
だからその場で出来る最上のことをしようとしたのだと。
「キミが…キミが泣くのを見たく無かった」
そしてキミには絶対に汚い死に顔を見せたく無かったのだとアキラは苦笑したように継ぎ足した。
「キミの思い出の中に残るぼくがそんな顔だったら、きっとキミは一生苦しむ。そんな目にキミを遭わ
せられない」
「って、そういうことじゃねーんだって」
ヒカルにはアキラが一瞬でも命を脅かされたことがまず大ショックで、その刹那に自分のことを考えて
刺殺か撲殺か更に惨い死に方を選ぼうとしたことがまたショックで、アキラを恐ろしいとさえ思ったのだ
った。
「おまえ…怖ぇよ」
「ごめん」
「絶対…絶対ダメだってそんなの」
おまえが生きてなくちゃおれだって生きていけないんだってよく解っとけと、散々説教されて体にも心
にも嫌というほど解らされてアキラは約束した。
「解った。自分のことも大事にする」
キミを大切にするのと同じくらいぼく自身も大切にするよと。
件の強盗には後に懲役三年程度の実刑判決が下された。
ヒカルは一層慎重になり、出来うる限りアキラの出先に着いてまわり、アキラはそれを鬱陶しくも思った
が文句を言うことは一度も無く、甘んじて束縛を受け入れたのだった。
※ヒカアキ日記と似たシチュですが、まったく別物として読んで下さい。突発的で避けられない「死」に対して
ヒカルとアキラがどう反応するかなというのはいつも頭にあって、でもそんなシーン、私自身が辛くて書けんわ!
とこういう形になりました。拘束して拘束して拘束されまくるといいと思う。
2011.5.17 しょうこ