代償行為



もしも生まれたのが未来で、ぼくが科学者だったなら、進藤ヒカルにそっくりなアンドロイドを作った
ことだろう。


顔形、背丈、肩幅、姿、肌の質感。

話し方、声、怒った時や笑った時、ほんの少しのしぐさや癖や、髪の流れや手触りや、肌の質感ま
で全て漏らさず本物そっくりに作り上げる。


(碁はもちろん打てなくちゃ)

彼の打った全ての棋譜、彼の好きな棋風や癖、それに秀策の棋譜も全部アンドロイドの『彼』に記
録する。


打つ時の石の運び、考え込む時の眉の寄せ方、悩んでいる時に左側に首を少し傾げるのは、たぶ
ん本人も知らない癖だろう。


好きな食べ物、好きな飲み物、好きな人、嫌いな人、好きなテレビに好きな映画、彼の中にある言
葉と無い言葉。


そしてもちろん『彼』には性的な機能もつけるつもりだった。

恋人としてどんな風にぼくに触れ、どんな風に愛するのか、現実の彼と一分も違わぬ行動をインプ
ットして、ぼくを愛するように行動づける。


(最初に教える言葉はなんにしよう)

『好き』、『可愛い』、そして『愛してる』。

『おまえだけを愛してるよ』

そう囁くようにぼくはきっと『彼』を作り上げるだろう。


日々そうしていたようにぼくは『彼』と共に過ごし、打って、他愛無く話して、じゃれて喧嘩して、そして
抱き合って夜眠る。


本当の進藤と錯覚してしまうぐらいそれは真に迫った出来具合になることだろう。

――ぼくはそういう性質だから。




「…でもきっと最後には壊して、ぼくも死ぬんだろうな」

ふいに言ったら、少し離れた所に座り雑誌を眺めていた進藤が非道く驚いた顔をしてぼくを見た。

「何? いきなり何物騒なこと言ってんの?」

昼下がり、何をするでもなくだらだらしていた時のこと。

「ごめん、ちょっと考え事をしていただけなんだ」
「考え事って?」
「うん…ちょっと不毛な妄想って言うやつかな」


もし生まれたのが未来で、もしぼくが科学者で、そして進藤ヒカルを死別か、心変わりかで失ってし
まった時のこと。


ぼくは彼無しの人生を生きることは出来なくて、彼そっくりなアンドロイドを作るだろう。

そして偽りの満たされた時間の中で悲しみと痛みを誤魔化して、でもやがて誤魔化しきれずにピリ
オドを打つことになるのだ。


(だって…どんなにそっくりに作ったとしても、偽物は偽物でしか無いんだから)

どんなに似ていても本物には成り得ない。

それに気がついた時、ぼくは慰み物の人形を壊して自らの命を絶つのだろうなと思ったのだ。

「なんだよ、気になるなあ」

進藤は雑誌をぱたんと閉じると、いざるようにしてぼくの側までやって来た。そして心配そうにぼくの
目を見る。


「なあ、もしかしてなんか怒ってる? もしかしておれ、なんかおまえに悪いことでもした?」
「いや、本当にそういうことじゃないから。ただ…」
「ただ?」
「ただ、キミがいなくなったら、きっとぼくは生きていけないから、頼むから健康で長生きしてずっと側
に居てくれないか」


たぶんその言葉は彼が思っているよりもずっと重い。

でも進藤はその重さを知ってか知らずか嬉しそうににっこりと笑うと、「当たり前じゃん」と言い切って、
それからぼくを慈しむようにぎゅっと強く抱きしめたのだった。



※逆パターンは無し。ヒカルは同じ状況になってもアキラのアンドロイドは作りません。でもアキラが自分そっくりの
アンドロイドを勝手に残して逝くっていうのはありそう。ヒカルは例え人形だと解っていてもアキラにそっくりなのを壊
すことは出来なくて、でも割り切って自分を慰めるのに使うことも出来なくて、愛することが出来ないことに苦しむん
だろうなあ。2011.9.10 しょうこ