stand by me




酔っぱらって、出先で終電に乗りそびれ、シティホテルなんてこじゃれた物があるような所ではないから
駅の側のラブホに入った。


よくあるよくある。

以前にも同じような経過で和谷や他何人かと泊ったことがあるし、だからそれに抵抗があるわけでは無
かったけれど、塔矢と二人で入ってみたら、なんだか全然違ったのだった。


「あのさ―」
「なに?」


まず、こういう所に入ったのはこれが初めてという塔矢がガチガチに緊張しているのが解ってしまったこ
とと、それが解った段階で何故かおれもガチガチに緊張してしまったということ。


「とにかく今日はもうしょうがねーからさ、だからとっとと風呂入って寝ちまおうぜ」
「うん」


いつもは、てきぱきはっきりの塔矢が、ここに来てからは何やら非道く歯切れが悪い。物珍しそうに部屋
の中を見回している割には、いかにもな物を見つけると心なしか眉が寄り、表情が真冬の池のように凍
って行く。


「そっちにクローゼットあんだろ、スーツはそこにかけて、寝る時はまあ…バスローブっきゃないだろうな
あ」


男数人で雑魚寝した時には、ほとんど合宿みたいなノリで、風呂でバカ写真を撮ったりもしたのだけれど、
今はとてもそんな気持ちにはなれない。


(あー、まずったなあ)

好きな相手と二人で入ると、こんなにも緊張感が高まる場所だなんて、愚かにもおれは思いもしなかった。

それはもちろん塔矢もで、だからこそおれの提案にさして反対もせずについてきてしまったんだろうけれど、
来た瞬間後悔したのが肌で解った。


「塔矢」

緊張しているのにどこかぼんやり。そんな風情の塔矢はおれの呼びかけに返事をせず、だから仕方無く
肩に触れたら飛び上がるようにして退かれてしまった。


「あ、ごめん――」

ちょっとびっくりしてと、でもおれの方が余程塔矢の態度に驚いた。

(そんなにおれのこと信用出来ないんかなあ)

一応おれ達は友達同士で、好きだってことは打ち明けてもいない。なのにこんなに緊張されてしまうという
のは、おれの中の気持ちが透けて見えてしまっているからなのかもしれなかった。


「あー、もう、とにかく」

なんにもしないから安心して着替えて寝ろよと言ったら塔矢は大きく目を見開いて、それからカッと頬を赤
く染めた。


「なんのこと?」
「なんのことって、おまえがびくびくしてるから、こんな言わなくていいようなことわざわざ言ってやったんじゃ
んか」


そんな心配しなくてもおまえのこと襲ったりしない。いくら酔っぱらってたってそこまで見境無くはないからと
言ったら今度は頬の赤味が消えた。


「ぼくは別にそんなこと―」
「思ってなかったんならいいよ。とにかく、いつまでもこんな部屋のとば口で突っ立ってんの嫌だからさ」


おまえが入らないならおれが先に風呂入る。だからおまえはテレビでもなんでも見ていたらと言ってさっさ
と風呂場に向かった。


こういう所の風呂は寝室から透けて見えるのが常で、ここもやはりそうなっていたけれど、わざと気にしな
いでシャワーを浴びた。


体を洗い出て来ると、塔矢はベッドの縁に腰掛けてぼんやりと絨毯敷きの床を見詰めていた。

「ほら、風呂空いたから今度はおまえ入って来いよ」
「キミもテレビを見ていてくれるなら」
「あー?」


ああ、うん、解ったと、点けっぱなしのテレビに顔を向けて意地のように見る。

やがて水音がし始めても微塵も動かず、塔矢が戻って来て初めて顔をテレビから逸らした。

「寝る?」
「うん」


相変わらず口数の少ない塔矢は、ぽつりと言ってベッドを見詰め、でもなかなか動こうとはしない。

それもそのはず、当然と言えば当然なのだが、ベッドは大きなダブルベッドが一つきりだったからだ。

「いいよ、おれソファで寝るから。ベッドはおまえが一人で使って」
「そんな…それじゃキミが」
「別にソファで寝るのなんて慣れっこだし、案外寝心地いいもんだし、だから気にしなくていいって」


押し問答になるのが解っていたのでこれまたさっさとソファに行って一人で寝る。

「おやすみっ。おれ寝起き悪いからおまえがおれのこと起こしてな」

チェックアウトは10時だからと言って頭から毛布を被るとほっとした空気が伝わって来た。

ああ、そうかよ、そんなにおれのことが怖いんかよ。

非道く腹立たしいような気持ちになり、同時にとても悲しいような気持ちにもなった。

こんな、そういうシチュでもなんでも無い、友達同士として泊るのすら警戒されてしまうのだとしたら、いつ
か本当にそういう意味で泊ることなんて有り得ないと思ったからだ。


伝えてもいない、確かめてもいない、でもこの恋はどうやら完全におれに分は無いらしい。

ベッドサイドの時計がたてる針の音を聞きながら、おれは一刻も早く寝てしまおうとぎゅっと目を閉じた。

その時―。


「ごめん」

ふいにぽつりと塔矢が言った。

「…何が?」
「なんでもないけれど、とにかくごめん」


ああ、しかも謝られてしまった。見込みのないののダメ押しだ。

「別にベッド譲ったことだったら―」
「そうじゃない。そんなことだったら謝らない。キミは解っているはずだ」


「おまえが…おれのことをケダモノみたいに思って警戒してるって話なら」
「ごめん」
「そんなの謝られたって」


おれ、惨めなだけじゃんかと続けて言おうとした言葉を塔矢の言葉が遮った。

「ここまで来ておきながら、怖じ気づいてしまってごめん」

―――――えっ? と思った。

「キミには本当に悪いことをしたと思ってる。自分がこんなに臆病者だとは思っていなかったんだけれど」

それでもどうしても怖くて、まだ今は無理みたいだと塔矢は言った。

「今はってことは…今じゃ無ければ大丈夫かもってこと?」

信じられない気持ちで尋ねてみると、随分間が開いてからぽつりと「うん」と返事があった。

「だから悪い。もう少し待っていてくれないか」

ぼくの心の準備が出来るまでと言われておれは頬をつねりたい気持ちになった。

「待つ! 待てる! 大丈夫だから!」
「そう?」
「うん。ずっと今までだって待って来たんだから、これからだって幾らでも待てるよ」


もしも…もしもこれが、おれの勘違いで無く、おまえもおれのこと好きだってそう言ってくれているってこと
ならと、おれの言葉に塔矢はまたしばらく黙り、そうしてから小さな声で「勘違いじゃない」と言ったのだっ
た。


「勘違いじゃないからここまで来た。キミに誘われたのでなければ、ぼくは駅のベンチで寝ることを選んだ
よ」
「…そうか、そうだったのか」


誘った時、おれの方に深い意味は無かった。でも塔矢はそうなる可能性も考えて、それでも一緒に来てく
れたのだ。


(だからあんなに緊張していたんだ)

なってもいいと、それ前提で来たのだとしたらあの緊張も納得出来る。

「だから…本当に申し訳無いけれど」
「いいよ、うん。マジで大丈夫」


薄暗い部屋の中、ベッドの上に横たわる塔矢のシルエットがぼんやりと見える。

こちらに背中を向けているらしいその盛り上がりが、おれにはとても愛しく見えた。

「大丈夫だから約束な? いつか…いつかもしまたこういうようなことがあったら、何もしなくてもいいから、
おれをおまえの隣で寝せて」
「うん」


「こんなベッドとソファで離れて寝るんじゃなくて、おまえの体、ちょっとでいいから触らせてくれよな」
「…いいよ」


急かさないから、ゆっくりでいいから、だからおれと約束してと繰り返し言ったら笑われた。

「大丈夫。約束は守るから」
「じゃあ、いい。本当にもういいよ。おやすみ」
「…おやすみ」


再び部屋の中は時計の針の音しか聞こえなくなった。でもさっきまでの余所余所しさと張り詰めたような緊
張感はどこかに消えた。


代わりに部屋の中を満たしたのは安寧。

泣きたくなるほどの大きな幸せだった。

(朝になったらとにかく言おう。おまえのこと好きって塔矢に言わなくちゃ)

そうしてからここを出て、どこかにメシでも食いに行くんだと、そんな他愛ないことを考えながらおれは目を
瞑った。


さっきとは違い、穏やかな気持ちで息をする。

部屋の向こう側から響いて来る塔矢の寝息を聞きながら、おれは一人微笑んで安らかな眠りに落ちたの
だった。



※アキラは結構ヒカルに関してはなんでもOKというか、いつ何があっても構わないみたいに思っていると思います。
今回のはヒカルは解っていないと思っていて、でもアキラは解っていてそのつもりで来たとそういうことです。


というわけで。冬祭りの代わりにはとてもなりませんが、ちょびっとでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
2012.12.30 しょうこ