崩落
塔矢がベタベタされるのが嫌いだということは最初から解っていた。
スキンシップがあまり好きでは無いらしく、触れられるのも距離が近いのもダメで、だからいつも人と居る時には
一定の空間を挟んでいる。
それが何故かおれ相手には大丈夫なようなのだ。
「おまえ、そんなんで暑くねーの? いい加減ちょっときればいいんじゃねえ?」
夏の暑い日、ぱたぱたと手で顔を仰いでいるのを見てそう言ったら、「そこまでは暑くない」と言い返された。
「んなこと言ったって、こんな耳も襟もすっぽりじゃさあ」
言いながら、さして深い意味も無くさらりと持ち上げるように髪を触ってしまったのだけれど、塔矢はそれを拒ま
なかった。
「…いいんだよ、切ったら切ったで今度は冷えて風邪をひくから」
「おまえ知ってる? 夏風邪は馬鹿がひくって言うんだぜ」
へらへらと笑いながら、でも本当はおれは心臓が爆発しそうだった。
触ってしまった。ついやってしまった。
塔矢の髪はさらさらで細くてとても触り心地が良かった。
(でも、嫌がらなかった)
見せかけじゃ無い。塔矢は少なくともおれに対しては嫌なことは嫌とはっきり顔にも言葉にも表すからだ。
「へえー…」
なんでだろうと思いつつ、その時はそれで忘れてしまったように思う。
でもそれからも何度かおれは塔矢にわざとでは無く触れてしまって、なのに一度も嫌がられなかった。
棋院で見つけて背中を叩いても怒らなかった。
帰り道、坂を上って来る車が危ないと思って腕を掴んで寄せても嫌がらなかった。
そもそもおれに対する距離自体、塔矢はとても近く無いか。
検討をしていて熱が入ると自然に顔が近くなり、言い合いになると触れるのではないかと思うくらいの距離に
平気でなっていたりした。
「塔ー矢!」
久しぶりに会って腕にしがみつくようにしても払わない。
「うすっ、おまえ最近調子いいじゃん」
たまに和谷達にするみたいに背中に抱きついても少し驚いた顔をするだけで笑っている。
でもそれはあくまでおれだけで、他の人には相変わらず距離をとっているのを知っている。
(どこまで大丈夫なんだろう)
塔矢はおれを嫌いじゃない。特別枠に置いてくれていることも良く知っていたので、だからかなとも思うけど、
だからと言ってこんなに接触を許してしまっていいものか。
「あのさー」
座って居る背後から肩に顎を乗せるようにして話しかけても嫌がらない。
終いには後ろから腕を回して負ぶさるようにしてくっついてもみたけれど、それでも塔矢は拒まなかった。
「おまえら、…何やってんだよ」
芹澤先生の研究会の後、前述のように塔矢にくっついていたら和谷に見つかって止めろと言われた。
「見苦しいんだよ、なんでそんなにびったりくっついてるんだって」
「いや…なんだって言われても」
子泣き爺の真似? と言ったら蹴られたけれど、塔矢自身は微動だにしない。おれが離れなければそのまま
引きずるようにして平気で歩いていってしまう。
「あーっ、もうっ、鬱陶しいなおまえら。塔矢も塔矢だ! 嫌なら嫌で引き剥がせよ」
「別に」
ちょっと歩きにくいけど、進藤が後ろにいても嫌じゃないからと涼しい顔で言われた和谷はどん引きしていた。
「あのさー」
その夜、遊びに行った塔矢の家で、相変わらずベタベタとくっついたまま、おれは思い切って尋ねてみた。
「なんでおまえ、おれが触っても嫌がらねーの?」
「昼間も言ったけど、別に嫌じゃないし」
「でもおまえ、本当は人に触られるのって凄く嫌いじゃん」
おれが言ったら塔矢は目を見開いた。まるで初めてそのことに気がついたような感じだった。
「そう言えばそうだね」
「なのにどうしておれが触るのは嫌じゃないん?」
「どうしてだろう?」
言いながらもまだ塔矢はおれの腕を許している。触る指も許しているし、密着している俺自身も全て受け入れ
て許してしまっている。
「おまえ」
しがみついていた背中から離れて、おれは塔矢の前に回った。
座っているその前から碁盤を退かして、代わりにおれが前に座る。
「進藤?」
そして片手を伸ばして頬に触れても塔矢はやはり嫌がらなかった。
「おまえ、どこまで許してくれんの?」
「え?」
「おれが触っても怒らないで許してくれちゃうじゃん。一体どこまで許してくれちゃうんだよ」
もう片方の手も延ばして反対側の頬に触れる。それでも塔矢ははね除けない。
ただ静かにおれの顔を見詰めている。
「拒まなければいけないのか?」
少ししてぽつりと呟くように言った。
「確かにぼくは触られるのは嫌だ、不必要に近寄って来られるのも嫌いだし、人の息がかかるとぞっとする」
でもキミは平気なんだよと苦笑のように笑いながら言った。
「なんでだろうね、キミとはどんなに距離が近くなっても嫌じゃない」
べったりと張り付かれても微塵も嫌だと感じ無いのだと。
「じゃあ今は?」
「別に」
おれはぐいと前に出て塔矢の顔に顔を寄せた。
「早く止めろよ」
「どうして?」
今や顔は触れるほど近く、息どころか瞬きする睫毛が触れ合いそうな程だった。
「だって、止めないと―」
おれが止められなくなってしまう。
触れたくて、どこまでも塔矢に深く触れたくて、それに加減が効かなくなるのだ。
「いいよ別に」
「え?」
くすっとおかしそうに塔矢が笑う。
「キミが触れたいだけ触れればいいんだ」
ぼくはちっとも嫌じゃない。キミに触れられるのは好きなんだと瞳の奥をのぞき込みながら言う。
「止められないなら止めなくてもいいよ」
好きなだけ触れと半ば命令口調の声にこん畜生と思う。
「…後悔すんなよ」
諦めて目を閉じてキスをする。
触れた唇は柔らかくて、温かくて、驚くぐらい気持ち良かった。
「進藤」
溜息のように塔矢が言う。
案の定、一度でなんか止められなくて、おれは塔矢の顔を引き寄せるとさっきより深いキスを何度も何度も繰
り返したけれど塔矢はそんなおれを拒まずに、ただやんわりと優しく笑うだけだった。
※すみません季節感丸無視の話で(^^; 基本、アキラはヒカルが自分にすることに関しては寛容だろうなーと思いまして。
何されても構わない。ヒカルなら平気。というか気にならない。そういうスタンスです。2013.1.26 しょうこ
あ、でもヒカル以外には滅茶苦茶狭量です。1ミクロンも許しません。