アトロポス



ああ、おれこいつのこと好きなんだ。


そう思った途端、胸がいっぱいで苦しくなって息も出来なくなってしまった。

特別に何があったわけじゃない。

特別に何を話したわけでもない。

いつものように二人で打って、しつこいくらいに検討して、そしてこれもまたいつもの如く言い争いでムッとして、
そのまま雑魚寝のように寝てしまっただけなのに、夜中にふと目が覚めて、碁盤の横で倒れるように眠ってい
る塔矢を見ていたら切なくてたまらなくなってしまった。



「あれ? おれ…なんで」

あまりにも無防備な寝顔が胸にキた。

安らかで、安心しきって、自分に全てを許している。その気配に涙がこぼれた。

(ああ…)

なんだってこいつ、こんな顔して寝てやがるんだと、ほとんど言いがかりのように思って、それからそっと手を
伸ばして頬に触れた。


「…ん」

軽く呻いて、でも目は覚まさずに塔矢はそのまま眠り続けた。

「苦し―」

頬の柔らかさが胸に痛かった。

指先から伝わった温もりが刺すように体を貫いた。

「塔矢…」

ごめん、おれおまえのこと好きみたいと、涙を拭いながら呟いた。


静かな夜、二人きりの部屋。

安らかで幸せで、でも思い切り不幸で泣けて来た。

痛くて痛くて、でも同じくらいに甘くって、その甘痛さに体が引き裂かれそうで辛くて泣いた。

「おれ、好き。おまえのこと好き」

ずっと、ずっと好きだったんだと、自分自身ですら初めて知ったそのことを確かめるように何度も言葉にして
呟いた。


まだ十五、でも十五。

たぶんきっと死ぬまでこいつのこと好きなんだと思ったら、折れそうなくらいに苦しくて、おれはそれから一晩
中、泣きながら塔矢を見つめたのだった。




※なんとなく、ヒカルはよく泣くような気がします。泣くことを恥だと思わないっていうか、本当に苦しかったり切なかったり嬉しかったりする時に泣くことがどうして恥ずかしいんだよと思うタイプだと思います。2013.4.10 しょうこ@しんどーの日万歳