運命線
この人占いが趣味なんだよと北島さんに碁会所のお客さんを紹介された。
「へえ、すごいっすね。星占いとかそういうヤツですか?」
「いえ、私はこれで」
そう言ってその客が取り出したのはトランプで、へえトランプ占いかと興味津々手元を見詰めた。
「もしよろしければ占わせて頂けませんか?」
人の良さそうなオジサンだったので、練習に付き合うような気持ちで承諾した。
「ほう、進藤さんはかなり我が強い方ですね」
トランプをめくりながらその人が言う。
「生意気なんだよ、この小僧は」
北島さんが茶々を入れた。
「そしてかなり強い運を持っている。勝負運も強いし、棋士…向いてますよ」
「そうですか? よかった」
真に受けるわけでは無いけれど、向いていると言われればやはりそれなりに嬉しい。
「それと…ほう」
変わった運も持ってらっしゃると言ってその人は、しげしげとカードとおれを見比べた。
「何か変わった巡り会いというか、人が滅多には経験しないような、そんな経験を人生の最初の頃
にすると、そう出ていますね」
表情には出さなかったがドキリとした。
「そうですか? んー、まあおれ、小6でいきなり碁を始めたからそれのことかな」
「ほう、そうなんですか。それじゃそうかもしれませんね。それと…」
続けて言いかけたその人がふっと口をつぐんだ。
「どうかしました? なんか悪いコトでも?」
「あ、いや……面白いなあと思いまして」
「面白い?」
「ええ、滅多に無い運がカードに現れていましてね。私は今までにこれを進藤さんの他には、もう一
件しか見たことが無いんですよ」
「なんか怖いなあ」
「どうせギャンブルでスルとか、屋根から落ちるとかろくでも無いことが出てるんだろうよ」
北島さんは可笑しそうに笑っているがその人は真面目だった。
「囚われている」
「は?」
「一人の人間に身も心も囚われていると出ています」
ある程度の執着や因縁は誰にでもあるものだけれど、こんなに強く現れるのは珍しいことなのだと
その人は言った。
「まあ所詮素人の手慰みですし、心当たりが無いならハズレでしょうけれどね」
以前同じ結果が出たある人もたぶんハズレだったと思いますからと言われておれは思わず尋ねてし
まった。
「その、おれと同じ結果が出たのってここのお客さん?」
「え? いえ」
口ごもり、戸惑ったように彷徨った視線が塔矢の所で確かに止まった。
遠くの席からじっとおれ達の方を見つめていた塔矢は、おれと目が合った瞬間にむっとしたような顔
になって視線を逸らした。
(ああ)
そうか―と思った。
「当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますし、あまり気になさらないでください」
唐突に黙ってしまったおれが機嫌を損ねたとでも思ったのか、その人は申し訳なさそうに言ってトラン
プを片付け始めた。
「いえ、別に気になんかしないし、すごく面白かったです」
「わしはつまらなかったぞ。あんた、もっとこの小生意気なガキが泣いて詫びを入れるような運を占っ
てくれなくちゃダメじゃないか」
「北島さん、占いっていうのはそういうものじゃ…」
「どれ、今度はわしを占って貰うとするかな」
折角だから豪勢なのを頼むと言われてその人は苦笑していた。
おれはと言えば席を立ち、一人で棋譜を並べている塔矢の所に向かった。
「おまえも行って占って貰えば?」
声をかけると顔をあげもせず、「必要無い」と素っ気なく言った。
「なんでだよ。占い、結構当たってたぜ」
碁会所は静かで席が離れていても人の声はよく通る。おれを占ったあの人の声は塔矢にも聞こえた
はずだった。
「当たっていた?」
弾かれたように塔矢がおれの顔を見る。
「うん、まあね」
じっと見つめる瞳の奥にどんな感情が動いているのか見極めようしたけれど、深すぎてよく解らない。
「そうか、…キミには心当たりがあるのか」
ため息のように呟くと、塔矢はおれから視線を外した。
「おまえは?」
「ぼく?」
「あの人が言ってた、おれと同じ結果が出たもう一人っておまえじゃないの?」
「違うよ」
ほとんど脊椎反射のようなす早さで返事をするので驚いた。
「ぼくは占いなんか信じない。だからそれはぼくじゃないよ」
「…ふうん」
半ばけんか腰のような言葉に、それでもおれはそのもう一人が塔矢なのだろうと確信していた。
「おれは…信じるけどな」
「別に信じたければ信じればいいじゃないか」
塔矢は不機嫌な調子でおれに言った。
「精々その誰かに一生囚われ続ければいいよ」
吐き捨てるように言うその激しさを何故だろうと思いながら、おれは塔矢を見据えると「囚われるさ」
と、ひとこと言ったのだった。
※拍手SSとして書いたお題の(10の囚われるお題)「ただ一人の人」が元ネタです。これについて感想を頂きまして、それを元に
ヒカルバージョンを書いてみました。Aさんありがとうございます。イメージとは違っていたかと思いますが(^^;こんな感じになりましたー。
補足して言うと、ヒカルは自分が囚われている相手をアキラだとちゃんと自覚しているんですよ。で、アキラが囚われているのが自分
だったらいいなと思ってる。でもアキラは自分が囚われているのがヒカルだと自覚しているものの、ヒカルが囚われているのは佐為ち
ゃん(真実はまだ知りませんが)だと思っているんですね。なのでかなり感情が行き違っているし、頑なになります。
誤解が解けるのは当分先です。ということで、以上を踏まえてもう一回会話を読むとまた印象が違うかもです。2013.6.5 しょうこ