あいしてる
ある日帰ったら、塔矢が思い詰めた顔をしてリビングのソファに座っていた。
「ただいま…。おまえ、どーかした?」
瞬きもせず、俯いて膝に重ねた自分の手を見詰めているので、側に寄り尋ねる。
「調子悪い? それとも何かあった?」
塔矢はむっと唇を引き結んだままおれを見て、それからぽつりと言った。
「気持ち悪いと言われた」
「え?」
一瞬、よくわからずにぽかんとすると、怒ったような顔で塔矢はおれに繰り返した。
「ぼくがキミを好きなこと…とても気持ちが悪いんだそうだ」
一気に言って、そのまま大きく息を吐き出す。
「誰に言われた?」
質問には緩く頭を左右に振って、それからまた頑なに自分の指先だけを見詰めている。
「そんなの気にするなよ、今更じゃんか」
おれと塔矢は愛し合い、けれどそれを周囲に隠すことはしなかった。
かなり迷い、散々話し合った末のそれはおれ達なりの決断だった。
「気には…していない」
「だったら」
「でも、気持ち悪いと言われたんだぞ」
塔矢は再び顔を上げ、おれをキッとにらみつけた。
「ぼくがキミを好きな気持ちを気持ち悪いと言われた。ぼくの想いはそんなふうに言われる程醜くて
おぞましいものなんだろうか」
「…塔矢」
何を言っていいか解らなくて、隣に添うように座ったら心持ち間を空けられてしまった。
「そんなん、これからだって沢山言われる。どんだけ言われるかわからないって」
なのにその一つ一つに突っかかってしまっていては、共に暮らすことなどとても出来ない。
「そんなことは解ってる。でも、それでも…悔しい」
膝の上に置かれた手がぎゅっと拳の形に握られた。
「一体何が劣っている? ぼくは気持ちで誰に負けるつもりは無い。なのに性が同じというだけで、
頭からそれを否定される」
悔しくて悔しくてたまらないと、言いながらぽたりと涙をこぼした。
ああ、こいつは傷つくのでは無くそれを悔しいと思うんだなと、その誇り高さに驚きつつも苦笑した。
「…そうだなあ、でもそれが『人と違う』ってことなんじゃん?」
「違うからってそこまで言われなければならないのか?」
「うん。たぶんそうなんだよ。違うってことはそうじゃないヤツにはきっと怖いし、それでも平気な顔し
て生きて行こうとするヤツは理解しようと思ってもきっと出来ない」
「キミは…キミもそうなのか?」
「どうだろう。そうかもしれないし、違うかもしれないし…でもさ『違う』生き方を選んだことは後悔して
ないよ」
そしてきっとこの先も絶対に後悔することは無い。
「世の中の誰に認められなくても、世界中の人間に気色悪いって言われても、だからってそれで気
持ちを曲げる方がおれには気持ち悪いから」
おまえはどうだよと尋ねると、塔矢はじっとおれを見詰めてそれからへの字に曲がった口でぼそり
と言った。
「阿って曲げられるくらいなら、キミを好きになんかならなかった」
「上等!」
一体だれに言われたのか。
塔矢が落ち込むくらいだから、かなり親しい相手に言われたのではないだろうかとおれは思った。
(お義母さんかな、それとも塔矢先生かな)
兄弟子や、尊敬している棋士に言われたならば相当それは堪えるだろう。
(でも、そんなのはね除けろ!)
願いを込めて塔矢を見詰める。
「もっと非道いことだって、これから沢山言われるぜ?」
それでもおれはおまえの気持ちを疑わない。それを尊いものだと思うから何を言われても別れない。
そう言ったら心持ち目を見開いて、塔矢は怒鳴るようにおれに言った。
「ぼくだってキミと別れたりしない」
気持ちを貫くよと、そして自分から手をおれの手に躙らせて来たので、おれはそれをしっかりと握ると
「愛してる」と囁いたのだった。
※普段は頑として何を言われても跳ね返すアキラですが、ふいを突かれるように言われたひとことに非道く落ち込むこともあるということで。
自分を気持ち悪いと言われるよりも、自分の気持ちを貶められたことが我慢ならないアキラです。2013.7.16 しょうこ