崩落



無防備にこんな所に置いておくのがいけないのか、それともこんなタイミングで電話をかけて来た誰かがいけないのか
解らないけれど、その時起こった着信音で、ぼくは進藤の携帯がそこにあるのに気がついてしまった。


「どうしよう…お風呂に入っているのに」

いつもなら進藤は携帯も脱衣所に持って行く。それが今日はどうしたことか投げ出すように気軽にテーブルの上に置い
てあったのだ。


不用心だなと思い、持って行ってやろうと手に取った時にちょうど着信音が途絶えた。

溜息をついて元に戻そうとした時、ふっと魔が差すように思った。

(今のは誰からだったんだろう)

もう深夜12時をとうに回っていて、彼のご両親とは考え難い。普通に考えれば和谷くん辺りなのだろうけれど、今日は
なんだかとてもそれが気になった。


「いや…ダメだ」

いくら恋人同士でも黙って携帯を見るのはルール違反だと思う。

けれどそう思っているのに何故かなかなか携帯を置けない。

耳を澄ませてみればバスルームからはシャワーの音が聞こえて来て、当分出て来ないなと思った。

(すぐに戻せばいい)

今のが誰からだったかだけ確かめて、それで後で進藤に伝えればいいじゃないかと言い訳のように考えて携帯を広
げて見る。


液晶画面に映っていた着信は和谷くんからのもので、ほっと肩から力が抜けた。

(ほら、やっぱりそうだったじゃないか)

苦笑するように思って、それで終わるはずだった。

けれどぼくはそのまま携帯を畳むことをせずに、気がつけば当たり前のようにメールの受信を確認していたのだった。

履歴に残っていたのは、ほとんどがぼくからのメールで、後は和谷くんを始めとする彼の友人達からのもの。その合間
に棋院からの連絡のメールや、希にお母さんや幼馴染みからのメールが挟まっていた。


途中、院生仲間の女性からのメールを見つけた時はドキリとしたけれど、見てみたら内容は仲間内の連絡ごとで個人
的なものでは無かった。


こんなにたくさん付き合いがあって、こんなにたくさんメールが届いている。けれどその内の一つもぼくに不安を与える
ものは無かった。そのことに安堵して、けれど同時に思う。


「色気の無い…」

ぼそっと言ってしまった時、唐突に耳元に「あった方が良かった?」と囁かれてぼくは飛び上がりそうになった。

「進っ―」

顔を回して見るまでもない。いつの間にか真後ろに進藤が立っていて、濡れそぼった髪のまま、ぼくをぎゅっと強く抱
きしめたのだった。


「おまえでもそういうことするのな」

「これは―」

言い訳のしようが無く、抱きしめられたまま恥ずかしさに赤面する。

「ごめん」

気をつけていたはずだったのに、メールを見るのに夢中になって、彼がバスルームから出てくるのに気がつかなかっ
た自分の迂闊さが恨めしかった。


「なんで謝るん?」

いつだって見てくれて全然構わないのにと進藤はぼくを抱きしめたまま耳元で笑った。

「だってこんな―」

「こんな…何?」

「キミは…意地悪だ」

彼の濡れた髪からこぼれた雫が首筋を濡らす。

「意地悪でも、好きだろ?」

好きだから携帯を見ずにはいられなかったんだろうと重ねて言われて顔の赤味が更に増した。

「違う!」

「じゃあ、何で?」

「それは―」

答えられるわけが無い。

「塔矢…可愛い。大好き」

「うるさい!」

怒鳴って背ける首筋を進藤の舌がぺろりと舐める。

してはいけないことをしてしまい、現行犯で捕まったぼくに為す術は無い。素直に彼の裁きを受けるため、ぼくは静か
に目を閉じると体の力を抜いたのだった。



※ファイルの整理をしていたら出てきたストック。危ない危ない。消費期限ギリですよ。二年くらい前に書いたのかな。きっとヒカルはもう
スマホに替えていると思います。でもアキラは今でもガラケーです。2013.7.27 しょうこ