うたかた
「信じられない…」
目覚めてすぐ、自分がコントローラーを握りしめたままなのに気がついてアキラはぽつりと呟いた。
「ぼくが徹夜でゲームをするなんて」
傍らには、やはり同じようにコントローラーを握りしめたまま寝こけているヒカルが居る。
どうやら自分より幾分遅く眠ったようで、申し訳程度だが2人の体には夕べは無かったはずの毛
布がかけられている。
「テレビも点けっぱなし…灯りも点けっぱなし…」
カーテンは逆に閉めたままだったので、煌々とした室内の明るさが目に痛くて不自然だった。
手元には一pほど中身の残ったコップと食べかけのスナック菓子が袋を開いたまま放置されて
いる。
残りは少しとは言え、これでは湿気って食べられないなと思うと実家の躾を思い、後ろめたい気
持ちになる。
(お父さん、お母さんごめんなさい)
ぼくは食べ物を無駄にしてしまいましたと、それだけでは無く、電気も時間も何もかもを無駄遣い
したらしい。
「テレビ…消さなくちゃ…」
のろのろと首を回し、リモコンを探す。
ゲームの切り方はわからなかったので、取りあえずテレビの電源だけ切ると音と光が止んでやっ
と少しほっとした気持ちになった。
そうしてから立ち上がり今度は部屋の電気を消す。
ヒカルの家に遊びに来るのはもう何度目かだけれど、こんなふうに囲碁以外で一晩明かしたの
は初めてだった。
(いや、でも結局囲碁か)
ヒカルの頭の上の方に転がるゲームのパッケージは、自分でも苦笑してしまう囲碁ゲームのも
ので、なんで2人で居るのにわざわざ囲碁のゲームなんかしたんだろうと改めて思った。
『いいじゃんたまには』
夕べのヒカルの声が蘇る。
『おまえ、今時ゲームの一つもやったこと無いんだろ。いきなりモンスター狩ったり、オンラインで
魔法使いになれとは言わないから』
一度くらいコントローラー握ってみろと半ば無理矢理もたされてやらされたのが囲碁ゲームだっ
た。
『どうしてゲームで囲碁をやらなくちゃいけないんだ』
当然アキラは反発したがヒカルは聞かない。
『いいじゃん、いいじゃん。これも人生経験ってことで、それに囲碁以外だったらおまえやんない
だろ、それに…』
現実で本因坊秀策と打てるなんて絶対に無いんだからと笑って、そして勝手にスタートさせた。
最初は機械相手の対戦で、その次にはヒカルと対戦して打った。
『こんなの…意味が無い』
『そうか? おれは結構楽しいけど』
ぱちり、ぱちりと石を置く、あの感触が無いと言うのに一体何が楽しいんだと思いつつ、結局アキ
ラはゲームにはまった。
ヒカルの言う通り、例え名前だけとは言え、過去の名匠になりきって自分が打つのは面白かった
し、それで勝ちの数を競うというのはアキラの負けず嫌いの性格に合っていたのだ。
気がつけば深夜を軽く越え、決着の出ないままこうして朝を迎えている。
「…確かに面白かったけれど…」
こんな自堕落な生活はやはり良くないと思う自分がそこに居る。
(進藤はいつもこんな無茶苦茶なことをやっているんだろうか)
自分以外の誰かと、と思うとちりりと胸の奥が灼けるように痛んだがそれとこれとはまた別問題だ
った。
(ぼくには向かない)
もう二度としないと、ぽつりと呟くように言うと驚いたことに、「そうだな」とすぐに返事が返った。
「うん。おれも、折角おまえと一緒に居るのにナマで打たないなんてバカだと思った」
一眠りしたら後で今度はちゃんと打とうなと、うすら寝ぼけた眼差しで微笑むヒカルにアキラの頬
が赤く染まった。
「…夕べあんなに打ったのに?」
「うん。まだ全然足りない。やっぱ、ちゃんと石を掴んで置きたいよな」
そして後はすうと再び眠ってしまった。
相変わらずコントローラーをしっかりと握りしめたまま。
その姿にアキラは笑ってしまった。
嬉しかった。
何がかは解らないけれど、無性に嬉しくてたまらなかった。
「…撤回」
もう一度くらいならゲームをしてもいいと、ヒカルのすぐ傍らに自分も横になりながらアキラは言
った。
「思っていたより、面白かったから」
「――――――」
もごもごとしたヒカルの返事は「うん」だったのかもしれないし「ばぁか」だったのかもしれない。
でもどちらでもいいと思いながら、アキラは夕べの眠りの足り無さを補うために、ヒカルと共に眠
ったのだった。
※やっていたのはもちろん「平安幻想異聞伝」…では無くて、ふつーの囲碁ゲームです。別に碁じゃなくても良かったのですが、
若先生にはどうせならこのくらい徹底して欲しいなーと思いまして。でもたぶん、マリオでもなんでもヒカルとやったら楽しいんで
すよ。アキラは負けず嫌いなのでゲームに結構はまるタイプだと思います。 2010.4.23 しょうこ