幻想第四次



最寄り駅の一つ隣の駅前には、かなり前からラブホテルがある。

その駅はたまにしか利用しないのでよくわからないけれど、あまり儲かってはいないらしく、見る度に改装工事をして
いるので近くに来る度に見上げるクセがヒカルにはついてしまった。


そしてそれはアキラも同じだったらしく、その日たまたま通りかかった時に、じっとホテルを見上げると「また改装した
んだね」とぽつりと言ったのだった。



「ああ、本当…って言うか、今度は随分えげつないカタチにしたんだなあ」

呆れたように言ってしまったのはホテルの外装がゴシック調の西洋の城のようになっていたからだ。

それだけならまあ、豪奢な雰囲気を出したかったのだろうなと思う所だが色がマズイ。

濃い紫とピンクと黒。それに飾りとして入り口を囲むようにして大きな黄金の水牛…否、人の体に牛の頭を持った神
話の怪物の像が立っているのである。


「趣味が悪い」

メルヘン調、シティホテル調、和風旅館風と今までも随分改装を重ねて来たけれど、今回のそれはアキラに一言で切
り捨てられてしまうような有様だった。


「名前もまた変わったんだな」

急ぎの用で無いことを良いことにヒカルは通り過ぎる足を止めてしげしげと眺めながら言った。

「た…なんだ?」

『TABOO』

「今度のこのホテルは『タブー』って名前だそうだよ」

ヒカルが止まってしまったために仕方なく付き合うように立ち止まってアキラが言う。

「タブー、へえ…?」

「キミ、意味わかっているのか?」

尋ねられてヒカルがムッとしたようにアキラを見る。

「知ってるよ、それくらい。イケナイことってことだろう」

「いけない…うん。まあそうだね。したらいけないこと、禁忌ってことだ」

「禁忌?」

聞き慣れない言葉にヒカルがきょとんとした顔で問うとアキラが静かな口調で言った。

「だから、してはいけないことってことだよ」

笑いながら言葉遊びのように言われて、ヒカルはからかわれているような気がして口先を尖らせた。

「だったらさっきおれが言ったのと同じじゃん!」

立ち話をしているのは道の端。ホテルの入り口のすぐ脇でもあり、薄暗いその奥に外装とは裏腹のごく当たり前な
受付のカウンターがあるのが見える。


「同じじゃないよ」

休憩××円
宿泊××円
サービスタイム××円


書かれた看板を眺めながらアキラが言う。

「禁忌を犯すということは、それで殺されても仕方がないってことなんだから」

動物と交わる、不義密通をする、近親相姦を犯す。

同性同士で交わるって言うのもあったのじゃなかったっけと言ってアキラはじっとヒカルを見た。

「だから?」

何故だろう、じわりとした汗が背中に浮いたような気がヒカルはした。

「だからなんだよ」

「いや? 別に。昔はそういうこともあったってことだよ。今時そんなことで殺されたりなんかするわけが無いしね」

でもそれくらい禁忌という言葉には重さがあるのだと、そして再びホテルを見る。

「前の名前はなんだっけ? ホワイトキャッスル? ロックキャビンという名前の時もあったっけ」

なのにどうして今度はわざわざこんな名前をつけたのか。

「禁忌という名をつけたこのホテルの中では一体どんな経験が出来るんだろうね」

黒と紫とピンクと金色。色の組み合わせは淫靡だった。殊に入り口の金の牛は日常から逸脱する狂気の門の門
番のようにヒカルには見えた。


「何って…そんなん」

フツーのラブホで出来るのと同じようなことだろうと内心動揺しながらも言いかけた言葉をヒカルは途中で飲み込
んだ。


アキラが静かに笑ったからだ。

目を細め、微か口の両端を引き上げる。それはただの微笑みなのに何故か妙に生々しく、ぞくりとするような含み
があった。


ごくり。

思わず唾を飲み込んだ時、ぎゅっとヒカルの手を握ってアキラが言った。

「入ってみる?」

「え?」

「人として許されないようなことをしてみようか?」

この中でぼくと禁忌を犯してみようか? と耳元に囁くように言われてヒカルは一瞬硬直した。

嫌だったからではもちろん無い。

あまりにも驚いたのと、それに匹敵する程の激しい欲望が同時に起こって身動きが取れなくなってしまったのだ。

「お、おまえ、それ…まっ、ままままま、マジで言ってる?」

どもりながらぎこちなくアキラの顔を見ると、アキラはにっこりと微笑んだ。

「―――嘘だよ」

そして唐突にぱっとヒカルの手を離す。

「まさかキミ、本気にしたのか?」

こんな見るからに怪しい所にキミと一緒に入ろうだなんてぼくが言うはず無いだろうと、あっけらかんと言われて
ヒカルは今度は別の意味で硬直した。


「とっ、塔矢ぁぁぁぁぁっ!」

からかわれたのだと思った瞬間にヒカルの顔はかあっと止める間も無く真っ赤に染まった。

「おまえ、言っていい冗談と悪い冗談があるだろうがっ!」

言いながら捕まえる前にアキラはもうとっくに駆けだして逃げている。

「おまえ最低、おまえ、最悪っ! よくもよくもよくもっ!」

男心を弄んでくれたなと人前も憚らず大声で怒鳴るヒカルにアキラがくるりと振り返った。

「そんなこと、本気にするキミの方が悪い」

「するだろうっ、普通っ!」

好きなヤツにあんなこと言われたら普通絶対本気にすると、怒鳴り続けるヒカルにアキラがぼそっと言った。

「――え?」

聞き取れない、もう一度言えと怒鳴るのにアキラは明るく笑って「嫌だ」と言った。

「もう二度とは言わないよ」

そして再び走って逃げる。

その背中を追いながらヒカルはずっと高まる胸で考えていた。

今言った。

塔矢は確かにこう言った。

『本当は、本気にしてくれても別に構わないんだけれどね』

ぼくはいつでも狂気に堕ちる。

キミとならいつでも堕ちてあげるよと、それはのぼせまくった自分の空耳なのか、それとも思わずこぼれた
アキラの本音であったのか。


どちらかはわからないけれど、ヒカルの耳には濃く深く、消えない程にしっかりと刻まれた。

狂わしい程の情慾。

(捕まえたら堕としてやる)

抱いて、抱きしめて、後悔するほど汚してやると、ヒカルはそう思ったのだった。


※毎度恒例、イベントの日の置き土産SSです。冬コミ参加の皆様お気をつけて、留守番組の皆様、とても代わりにはなりませんが
こんなものでも少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


2013.12.29 しょうこ