「君が望むなら」



「ぼくもキミと一緒に虫取りに行きたかった! 夏休みにはプールに行って、近くの公園で遊んだり、
どこともわからない遠くの町に一緒に自転車を漕いで行きたかった!」



らしくなく強い調子で一気に言って、それから塔矢は恥じたように俯いた。


「ごめん…ちょっと羨ましくなっただけだから」


その日、珍しく家には数人の客が来ていて、それは皆おれの小学校の時の同級生だった。

いつだったか同窓会で会った時に暇が出来たら遊びに来てくれと名刺を渡したのがきっかけで、馴
染み同士が声をかけあって手土産持参でやって来たというわけなのだ。



「お邪魔します」

「こんにちはー」


家には当然塔矢も居て、来た連中もおれ達が一緒に暮していることは知っているので驚かない。

ただ、もちろん関係までを知っているわけでは無いので友人同士でシェアをしていると、皆そういう認
識だった。



「すみません、押しかけちゃって」


お仕事の邪魔にはなりませんかと妙に行儀の良い言い方になっているのはもちろん塔矢の顔立ちに
驚いたからで、まるで新婚夫婦の新居に遊びに来たかのようなぎこちない態度になっている。



「ぼくのことはどうぞお気になさらずに、何もお構い出来ませんがどうぞゆっくりしていってください」


塔矢も塔矢で下手に躾が良いものだから、益々やり取りが新婚のそれのようになってしまっているの
が可笑しかった。



「それにしても進藤が棋士になるなんてな」


最初はどこか緊張していたようだったのが、それでも酒が回ってくる頃には口も滑らかになる。


「そんなに有り得ないようなことでしたか?」

「無い無い! だってこいつ、自習していろって言われて座っていられたこと無いんだから」

「そうそう、先生が居なくなった途端にダッシュで教室から抜けだしていたよな」


酒の肴になっているのは概ねおれの子ども時代の話で、まあ確かに優等生とは言えなかったのだから
無理も無い。



「宿題はやって行かない、学校からは抜けだして帰る、悪戯して女子泣かしては先生に怒られてばっか
りいたよな」


「そうそう、非道い悪ガキだった」

「って、おまえらみんな同じじゃん」


塔矢の手前、恥ずかしくて止めようとしても止まらない。


「そういえば二年の時、虫取りに行って木から落ちて足の骨に罅入れたことがあったよな?」

「ああ、あれな。入っちゃ行けないって言われている廃工場に入り込んでやっちゃったんだよな」

「あん時もすごい騒ぎになったよなぁ」


塔矢は、皆の話をただにこにこと聞いていた。どんな非道い悪ガキ話にも、どんな阿呆なことをやったか
という暴露話にも顔色一つ変えることなく、静かに笑って聞いていた。


だからてっきりおれは、面白がってくれているのだと思っていた。


「あ、そういえばアレ、あん時は楽しかったよな」

「何?」

「みんなで家出するって夏休みにチャリで家を出て、結局一泊で警察に保護されて帰ったヤツ」

「ああ、あれは可笑しかったなあ」


あれっと思ったのは、合間合間に言葉を挟んではずっと上手く相手の話を聞き出していた塔矢の口数
が極端に減っているの気がついた時だった。



「塔矢―」


おまえちょっと変じゃねえ? もしかして体の調子が悪いんじゃないかと、聞こうとしたのをさり気なく無
視された。



「お酒がもう無いですね。頂き物のビールがたくさんありますから持って来ます」


すっと立つその姿におかしな所は無いのだけれど、何かやはりどこか余所余所しいようなそんな気配
がほんのりとある。



(なんだろう、おれ、なんかあいつの気に触ることをしたかな)


そうは思うものの、皆の手前はっきり聞くことも出来ず、もそも自分自身かなり酔っぱらってしまってい
るので思考がいつまでも集中して続けられない。



(まあ、いいや、もうちょっとしたら呼び出して聞けば―)


気にしながらもそう思い、なのに結局機会が掴めず、お開きになるまでおれは塔矢に話しかけることが
出来なかった。



「それじゃまたー」

「お邪魔しました」

「進藤またな! 塔矢さんもありがとうございました」


べろべろに酔いながら陽気に皆が帰った後、ぽつんと残された部屋でおれはようやく塔矢に話しかけ
た。



「塔矢、おまえちょっと―」


変じゃないかと話しかけた瞬間に玄関先でヤツらを見送っていた塔矢がくるりとおれを振り返った。


「不愉快だ!」

「えっ」


その顔はたった今までのにこやかな微笑みとはかけ離れて怒りで真っ赤に染まっている。


「ずっと、ずっと、腹が立って仕方無かった!」


そして塔矢は狼狽えまくるおれの前で先の言葉を一気に迸るように叫んだのである。

「ぼくだってキミと一緒に虫取りがしたかった―――――」と。



「とっ、とととととっ、塔矢?」

びっくり仰天とは正にこういうことだと思う。

「みんな狡い。ぼくだってキミと色々一緒にやりたかった。あんな風にたくさんの思い出を共有したか
った!」


なのにそれはどうしても叶わない。ほんの少し出会うのが遅いだけでそれはなんて不公平なことだろ
うかと塔矢は激しているのだった。



「でっ、でもおれだっておまえのガキの頃のことあんまり知らないし…」

「ぼくはいいんだ。ほとんど何もしていないから」


友達も居なかったし思い出と呼べるような物はほとんど無い。なのにどうしてキミばかりあんなにたく
さんぼくの知らない思い出を持っているのだとその激しさに正直たじろいだほどだった。



「なんでって…」

「わかってる。仕方のないことで駄々をこねているだけだって…」


でもぼくはキミのことで知らないことがあるのが嫌だし、大切な時間を共有出来なかったことがたまら
なく辛いと。



「…あいつらなんて、卒業して以来何年もまともに会って無いよ」

「だから?」

「今日来てくれたけど、これからまた何年も来ないかもしれないし、もしかしたら一生会わないってこと
だってあるかもしんない」


「それで?」


ああ、不機嫌だなあと思いつつその怒りで上気した頬が可愛いと思う。


「うん、だからさあいつらよりもおまえの方がずっとおれとの時間を共有してるのに」


思い出も何もかも、親よりも誰よりもお前が持っているのにと言ったら初めて少し表情が緩んだ。


「それでも…過去はぼくのものじゃない」

「でも、おれの一番大事な『思い出』は全部おまえ絡みだけど?」


確かに虫取りは楽しかった。家出や悪戯や様々な悪さも楽しかった。

でもそんな楽しい思い出さえ、塔矢に出会った後からは全て色褪せてつまらなく見える。


「おれ、非道いヤツだからさ、もし今事故か何かで記憶喪失か何かになって、でも何か思い出を残せ
るってことになったら迷い無くあいつらじゃなくおまえとの記憶を取るぜ?」



一時間、一秒、ほんの欠片すらもこぼしたく無いと思う。そんな気持ちをどうしたら目の前の怒り狂っ
た美人の龍に伝えられるのだろうか?



「それでもぼくは過去も欲しい」


誰よりもキミのことを知っていなければ気が済まないのだと、空恐ろしいことを平気で言うので悪いと
思ったけれど笑ってしまった。



「…強欲だなあ」

「そうだよ、悪いか!」

「悪く無い。悪く無いからいい加減そろそろ機嫌直しておれと近所に買い物に行かない?」

「買い物?」

「ん。ホームセンターに行って、虫取り網と虫かご買って来ようぜ? それからついでにちょっと遠出に
なるかもしんないけど、昔行った廃工場によく似た所があるからそこにも忍び込んで…」


「家出もするのか?」


そっと上目遣いに聞いてくるのに笑みで応える。


「うん。明日手合いがあるから10時までには戻って来なくちゃいけないけど」


それでも良ければおれとチャリでどっか行こう。行ってしまおうと言ったらやっとその渋い顔が微笑んだ。


「随分お手軽な家出だな」

「昔のだってそんなもんだったよ」

「そうか……」


過去は変えることが出来ない。でも現在と未来は変えられるから、だから一緒に思い出を作ろう。

いつまでもいつまでも取り出して二人で笑い合える、おれ達だけの思い出を作ろうと言ったら塔矢は笑い、
それからおれの腕をぎゅっと掴んで頷いたので、おれ達は財布とチャリの鍵をひっ掴むとお手軽な家出に
旅立ったのだった。



※ということで今日の置き土産です。だっ、大丈夫だよね?これ前に載せたヤツじゃ無いよね?大丈夫なはずだけれど心配になる今日この頃。
ヒカルは今アキラと一緒に居られることが大切なので過去はそれほど拘りません。でもアキラはヒカルの全部を手にしないと満足出来ないタイプです。(私の中では)
君が望むならっていうよりおまえが望むならっていう話ですが気にせず読んでいただけると嬉しいです。


毎日暑いですが皆さん体調を崩さないよう気をつけて下さいね。2014.8.16 しょうこ