戀唄
50才を過ぎた頃から進藤は手元が見づらいとこぼすようになった。
「えー、マジかよ。老眼かなあ」
テレビが好きでゲームが好きで、でも視力が良いのが自慢だった進藤にはそれがとてもショックだったようで、
しばらくは不便ながらも眼科に行くことは無く、さり気なく勧めても眼鏡を使うことを拒み続けた。
けれど古い時代の棋譜など、細かい物を見る時にどうにもならなくなったようで、ある日気がついたら眼鏡を作
って帰って来た。
「でも、近く見る時しか使わねーから」
あくまでも言い張るのに、キミは十代の女子かと思いつつ、仏頂面のまま、それでも見やすくなって嬉しいのだ
ろう、口元を綻ばせている進藤を微笑ましい気持ちで見つめた。
若い頃には天真爛漫、悪ガキと言われた進藤も、三十、四十と年を重ねるごとに落ち着いて顔つきも随分引き
締まった。
余分な肉が削げ落ちて、顔には幾つか皺が刻み込まれたけれど、笑った時の少年ぽさはそのままに渋い大人
の顔になっている。
(眼鏡…似合うな)
ぼくも眼鏡を持っているけれど、かけるとそうでなくても愛想の無い顔が更にキツイ印象になってしまうので本を
読む時や対局時にしかかけていない。
『えー? 似合うじゃん、知的さがアップするっていうか禁欲的って言うか、とにかく眼鏡美人じゃん』
人前では一応それらしく振る舞っているものの、二人だけの時は進藤の口調は十代に戻る。
『いいなあ、おれなんかかけても絶対オヤジ臭くなるだけだもんなあ』
そんな風に言っていたものだけれど実際にかけてみると全然老けては見えなかった。
拘ってブランド物のフレームにしたせいもあるのかもしれないけれど似合っていて、そう、彼の言い方に倣うな
らば『知的』でストイックに見えるのだった。
「何?」
あまりにじっと見つめていたせいだろう、進藤は眼鏡を外すと眉を寄せてぼくを見た。
「いや、男前だなと思って」
「何が」
「眼鏡、似合っているよ」
外してしまったそれを指さすと、進藤は子どものように口を尖らせた。
「なんだよ老けて見えるって正直に言えよ」
「正直に言っている。キミ、眼鏡がとても似合うんだね。雰囲気が変わって驚いた」
見惚れてしまっていたんだよと言ったら進藤は少し考えるような顔になって、それからいきなりニッと笑った。
「そうだろ」
実はおれも本当の所はほんのちょっぴりそう思っていたとぬけぬけと言って、先ほど外した眼鏡をかける。
「どう? 惚れ直した?」
ドヤ顔でぼくを見る進藤を殴ってやろうかとも思ったけれど、実際とても男前で格好良かったので、ぼくは彼
の頬に口づけると「惚れ直すまでも無く、ずっとキミに惚れ続けている」と耳元に囁いてやったのだった。
※何歳になってもずっとヒカルにとってアキラは恋人で、アキラにとってもヒカルは恋人です。永遠に恋愛している。そんな感じです。
2014.9.25 しょうこ