死ガ二人ヲ分カツマデ
そこまですることは無いんじゃないかと、双方の親には何度も言われた。
法的な手続きをすれば嫌でも人の目に止まる。
別に無理をして籍を入れなくても、気持ちだけで結びついて、静かに寄り添って生きていくこと
は出来るのではないかと。
でもおれはどうしてもちゃんと塔矢と養子縁組をしたかった。
同性同士の結婚が認められないこの国で、それでも同じ籍に入り、法的にも死ぬまで結ばれて
いたいと思ったからだ。
『アキラはどう考えているんだ?』
何度目かの話し合いの時、塔矢先生が言った言葉に、あいつはしばし目を瞑り、それから再び
目を見開いてはっきり言った。
『ぼくも彼と同じ気持ちです』
親不孝をしてしまいますがすみませんと、その言葉に大きく溜息をついたのはどっちの側の親
だったのか。
もしかしたら両方だったかもしれない。
『ヒカルは子どもの頃から私達の言うことなんかちっとも聞かなかったから』
今更何を言ってもきっと自分のしたいようにするのだろうけれど、塔矢さんには申し訳無い。大
切な息子さんを本当に申し訳無かったと母親に深く頭を下げられた時にはさすがにおれも喉の
奥が詰まった。
『進藤さんが謝られることでは無いですよ』
あいつの母親も同じように頭を下げた。
『こちらこそ、大切な息子さんを本当に申し訳ありません』
どちらがどちら、悪いわけでは無いのだと、最後には諦めたように認めて貰えた。
『自分達の好きなようにしなさい』――と。
「……で、本当にいいの?」
親達が帰り、二人きりになった時、おれは改めて塔矢に聞いた。
「何が?」
「本当におれと養子縁組するので構わない?」
「構うのだったら最初からしようなんて思わない」
キミは何を聞いていたんだと厳しい口調でそう言われ、でも再度確かめずにはいられなかった。
「でも、そうしたら本当におれと死ぬまでおまえ、離れられないよ」
それどころか死んでも離れることは出来ない。
一度法的に結んだ縁は嫌になったからと言って簡単に切れるものではないからだ。
「だからそれでいいと言っている」
ぼくが望んでそうしたいと言っているのにどうしてキミはわからないんだと、今度の口調は幾分
優しい。
「本当はきっとうちの親もキミのご両親もしてほしくないと思ってる」
男同士で縁組みなどしないで普通に結婚して欲しいと願っていると思うよと、それはそうだろう
と思うので黙ってこくりと頷いた。
「ぼく達はどちらも一人っ子だし、結婚しても子どもは永久に生まれない」
古い考え方かもしれないけれど、どちらの家もこれで閉じてしまうのだと。
「だったら、今からでも―」
「別れるかとか言ったらぼくはキミを殺す」
そんな生半可な気持ちでここまで話を進めて来たわけじゃないだろうと、真顔で聞かれて真顔
で返した。
「当たり前じゃん」
そもそもが、愛し合っているのだと告白する所から大変だった。
ショックを受け、拒絶され、まともに話をして貰えるようになるまでどちらも随分かかったのだ。
それをようやく受け入れて貰え、更に今日、養子縁組をやっと認めて貰えたのだ。
「半端な気持ちで口にしたことなんか一度も無いよ」
「だったら聞くな。ぼくだって困る」
揺れたく無くて堪えているのだから、頼むからキミも気持ちを揺らすなと。
「わかった。もうバカなことは聞かない。でももう一つだけ聞きたいことがあるんだけど」
「……なんだ?」
用心するようにおれの顔を見詰めながら塔矢が言う。
「うん、いや…認めて貰ったわけだけどさ」
結局どっちがどっちの籍に入るんだと。それもおれ達の好きにすればいいと話し合いの席で
は言われていた。
『法的にとは言え、どちらかは息子を失うことになる。だからこのことは進藤くんとアキラの二
人で決めた方がいい』
本音ではどちらも自分の家の籍に入って欲しいと思っているはずだからと、普通の結婚をし
ないのならばせめてもと思ってしまう親の気持ちを表に出せば必ず揉める。
だからそのことも含めて自分達で決めなさいとおれ達は双方の親に言われたのだった。
「そんなの」
一瞬まじまじとおれの顔を見て、それからふっといきなり笑って塔矢は言った。
「キミの籍にぼくが入るに決まっているだろう」
「えっ、マジでいいの?」
思わず言ってしまった瞬間、苦笑したように笑われた。
「ほら、絶対そう言うと思っていた。最初から自分の姓を捨てる気なんかさらさら無いのに」
「別にそういうわけじゃ…」
「無くてもあってもどっちでもいい。でもぼくはキミのしたいようにしたいから」
だからキミの籍に入るよとそれはきっぱりとした言葉だった。親の前でおれを愛していると言
い放った時と同じくらいに潔い。
「一番最初、キミに会った時ぼくは負けた。生まれて初めて完全に負けた」
だからあの時からこれは決まっていたんだよと言われて「あっ」と思う。
「でもあれは―」
「キミが何を言いたいのかはわからないけれど、でもきっと何を言われても変わらないよ」
ぼくはキミにはどうしても勝てない。碁以外はねとそしてにっこりと笑われた。
「だから絶対碁では負けたく無いんだ」
「おれだっておまえに負けたくねえよ」
碁でも碁以外でもと言ったら更に嬉しそうな顔になった。
「一生互いに競い合って生きていける。こんな幸せなことって無いとは思わないか?」
静かな言葉には万感の思いが籠もる。
「たぶんきっとごく普通に生きたのでは得られない絶対の幸福だと思うよ」
「そんなの」
当たり前だろと言ったら声をあげて笑われた。
傲慢不遜。傍若無人の自信過剰。
でもそんなキミが大好きだと言って緩く抱きしめられる。
「これからよろしく……一生」
「こっちこそ、これからもよろしく…一生」
そして抱きしめ合ってキスをする。
まだ書類も出して無い。披露宴も指輪も誓いの言葉も何も無い。
でもこれが紛れも無くおれ達の二人だけの結婚式だった。
※前にも似たような話を書いたことがあったかもしれません。でも好きなシチュなのでご勘弁を。
こそこそとという言葉はヒカルにもアキラにも似合わない。どんな逆風でも真っ直ぐに顔を上げて生きて行くイメージがあります。
正々堂々正面勝負。でもそれで勝ちをもぎ取るのだと思います。 2010.5.14 しょうこ