どんな反応をするかなと思ったけれど、意外にも進藤は淡々とした態度でぼくにスマホを返して来た。

「まあ、でも決まったってわけでも無いし」

「それでも随分画期的なことではあるだろう?」

同性同士のカップルを婚姻に等しいものとして扱う法案の話題。

可決されたわけでは無いけれど、喜んでいる人はたぶんたくさんいると思う。

「嬉しく無いのか? キミはてっきり大喜びするんじゃないかと思ったけれど」

「うーん、おまえと合法的に結婚出来るようになったらそれは嬉しいけど、そんな簡単なことじゃないだろ」

「キミ、結構冷静なんだな」

世の中では早々に賛否両論別れているらしい。

「冷静ってか慎重。おまえに関することにはおれは滅茶滅茶慎重になんの。大体好きって思ってからどん
だけ考えて来たと思ってんだよ」


考えて悩んで、そして二人で生きることを選び取った。

周囲の反応は微妙だが、数年かけてなんとか互いの両親の許しだけは貰うことが出来た。

「法律で『それでいい』、『合法だ』って言われたって、だからってみんなすぐにそれを受け入れられるわけ
でも無いだろ。結局気持ちとか認識の問題だし、全部がそう思わなきゃなんの意味も無い。きっとたぶん、
すごく時間がかかると思うよ」


「何故だろう…キミに諭すように言われると理由も無く腹が立つな」

苦笑しながら言ったら、苦笑しながら返された。

「なんだよ、喧嘩売ってんのか? さっきも言ったようにおれはおまえに関することにはものすごく慎重にな
るんだよ。苦労して手に入れたのにつまんないことで壊したくなんか無い。だからどんなことにも軽々しく手
放しで賛成も反対も絶対にしない」


「…ふうん」

「おまえなんで今日はそう一々つっかかって来るんだよ。まさかとは思うけど、今更嫌だとか言うんじゃない
だろうな」


むうっと眉を寄せて進藤はぼくに向き直った。

「やっぱ止めとか、もう少し待ってとかそういうの、おれきいてやる気無いかんな」

「そんなこと誰も言って無い。そもそもぼくは碁以外ではものすごく短気で我慢の出来ない性質なんだ」

「知ってる。瞬間沸騰湯沸かし器だもんな」

即座に言った進藤の額をべちりと叩く。

「苦労して手に入れたのはこっちだって同じなんだ。今更他の可能性が出て来たからって少しでも待ちた
くは無いね」


「だったらなんでさあこれから出掛けようって時におれにあんなニュース見せたんだよ」

「それは…うん、そうだね。一応キミの確認もとっておこうかなって」

「確認?」

「キミはどうなのかなって。例えいつになるかわからなくても、社会的に認められた『婚姻』に拘るかなって」

「ナニ? おれがそうしたいって言ったら待つつもりだったん?」

「まさか、言っただろう。短気だって」

例え一日でも一秒でも待つつもりは無かったよとぼくが言ったら、進藤はにいっと口の端を持ち上げた。

「おれも同じ。ってか、逃げらんないうちにとっとと首輪付けないとだから、ほんのちょっとも待つ気は無いね」

「じゃあ何も問題は無いな」

「最初っからなんも問題なんか無かったって」

進藤は笑ってソファから立ち上がると、ぼくの腕を取った。

「さあ行こうぜ奥サン。さっさと籍入れて来よう」

「…その呼称を直ちに止めないと、入籍も一生無いけれどね」

睨むぼくの頬を進藤の手がそっと撫でる。

「あー、もうおっかねえなあ」

口先を尖らせながらも進藤の声は愛情に満ちている。

「じゃあ訂正する。さっさと夫婦になって来ようぜ、ダンナ様」

「キミ、本気で殺されたいのか?」

殴ろうとするのを笑いながら躱す彼の左手の薬指には、ぼくが贈った指輪が光る。そしてぼくの左手の薬
指にも彼から贈られた指輪が光っていた。


「ま、とにかくマジでもう行かないと」

「キミのせいだよ、キミの」

悪態をつきあいながら二人揃って部屋を出る。

下げている鞄の中には届け出の書類が一枚。

ぼくが彼の籍に養子として入ることで、今日ぼく達は晴れて法的に結ばれた『夫婦』になるのだった。


※色々ツッコミたかったり、言いたいことがある方もいらっしゃるかもしれませんが。
タイトルの「鎖」は二人を結びつける「愛情の鎖」ということで。2015.2.22 しょうこ