死ガ二人ヲ分カツマデ
前から来た二人連れを見た途端、進藤がおっという顔になった。
同時に向こうも気がついたらしく、側まで来た時に笑顔で進藤に話しかけてきた。
「進藤じゃん、久しぶり。おまえ棋士なんだって? 結構活躍してるみたいじゃんか」
「結構じゃなくて、かなり活躍してんだよ。おまえらは何? 会社員?」
「そーそー、しがない社畜だよ」
どうやら二人は進藤の中学時代の元同級生らしい。囲碁部の面々はぼくも知っているから、碁には関係無い
友人なのだろうと思った。
「そうそう、松田を覚えてるか?」
「松田? あの野球部だった松田のこと?」
「あいつ今何やってるか知ってるか? あの爆発頭が原宿でカリスマ美容師になってるらしいぜ」
「マジか! 信じらんねーな」
幾つもの名前を口に乗せ、楽しそうに雑談する。
ひとしきり近況を交換した後でふと一人がぼくを見た。
「そういえばこっちの彼、やっぱり棋士だよな。おまえと一緒によく新聞に載ってる」
「塔矢アキラです」
慌ててぺこりと頭を下げると、進藤がすかさずこう言った。
「おれの伴侶」
あまりにあっさりと言われたのでぼくも向こうも聞き流しかけ、それから驚いて進藤を見た。
「いいだろう。美人だろ? おれのだから触んなよ」
「ああ…うん。いや、触らねーって」
特別に気負ったわけでも無く、後ろめたく隠すわけでも無く、進藤はごく普通に自然に言った。だから向こうも
奇異に受け取ることなく同じく自然に返して来た。
「おまえ昔っから面食いだったもんなあ」
「そうそう、ちょっかいかける女子、いっつも可愛い子ばっかりだった」
「そんなことねーよ。いや…あったかな?」
あははと笑う。その笑いは屈託が無い。
「まったくおまえらしいって言うか。まあ、折角掴まえたんだから上手くやれよ」
「お幸せに」
そして彼等は去って行った。
進藤はその後ろ姿を見送った後でくるりとぼくに向き直った。
「悪かったな。こんな所で立ち話しちゃって」
つまんなかっただろうと言うのに首を横に振る。
「いや、別に。キミの中学時代の様子がうかがえたし、それに―」
実はぼくはずっと長いこと、進藤が知人にぼくをどう紹介するだろうかと思っていたのだ。
それも久しぶりに会ったような友人達にぼくをどんなふうに紹介するのかと、色々想像を巡らせていた。
親友だろうか、ライバルだろうか、それとも同じ道を志す仲間だろうか。
ぼく達は恋人で、一緒に暮らすようになってからも長い。事実上は夫婦に近いような関係になっていたけれど、
果たしてそれを他人に言えるものなのか。
(進藤はバカだから茶化すような物言いをするかもしれない)
ハニーとかダーリンとか相手が真面目に受け取れないような言い方をわざとするかもしれない。少なくとも恋人
だとは言えないだろうとぼくはそう思っていた。
それが今日進藤は当たり前のようにぼくを伴侶と言った。
それは想像の中には無かった言葉だった。
(でも思っていたどれよりもずっと良い)
堂々とした態度は非道く男前で、今更ながらぼくは彼を好きになって良かったと心の底から思った。
「何?」
きょとんとした顔でぼくを見る進藤は、ぼくがそんなことを考えているとは夢にも思っていないらしい。
自分が言ったこと、したこと、それらが特別なことだとは思ってもいないからだ。
「愛しているよ」
「え? いきなりなんだよ」
狼狽える彼が可愛いと思う。
「別になんでも。ただ、そうだな。さっきの話に出て来た、『可愛い子にばっかりちょっかいをかけていた』ってい
うのを詳しく話して貰おうか」
「え? べっ、別になんも無いって」
「ふうん?」
いつかぼくもまた道端でばったり知人に会うことがあるかもしれない。
ごく親しいわけでも無く、ぼく達のことを浅い知識でしか知らないような相手に。
その時に隣に居る彼を誰かと尋ねられたらぼくも伴侶と答えようと思った。
気負うわけで無く、ごく自然に当たり前のように。
共に人生を生きて行くたった一人の相手だと進藤を相手に紹介しようとそうぼくは思ったのだった。
※パートナーという言い方もありますが、ヒカルとアキラに関してはやはり「伴侶」かなあと思います。
心で深く繋がっていて当たり前のように寄り添い生きる。でもお互いがお互いに自分の足で立っていて、相手に依存することは無い。
無いけれど相手が倒れた時には自分の全てで相手を支えることが出来る。それが伴侶。私にとってのそれがヒカアキです。
2015.4.22 しょうこ