セカンド




十数年ぶりかで会った母方の従姉は、一瞬ぎょっとする程ぼくによく似ていた。

もちろん双子のようにうり二つというわけでは無いが、全体的な顔の造作や醸し出す雰囲気がとてもぼくに似ていたのだ。


「え? おまえにそっくりのイトコ? うわ、すげえ見たい! 会わせろよ」

それをうっかり口にしたら、進藤は思い切り食いついて来て、否応も無く会わせることになってしまった。

電話で呼び出して駅まで出て来てもらい、顔を合わせた瞬間、進藤が大きく目を見開くのが解った。

「えっと、始めまして。塔矢の友人の進藤ヒカルです」

一瞬惚けた後、すぐに慌てて自己紹介をする。

「初めまして。小此木操です。アキラくんと一緒によく写真に写っている方ですよね? 新聞や雑誌の記事で見たことが
あります」


「あっ、そっ、そうデスか。おれ変な顔で写ってたでしょう? 未だにああいうの慣れなくて顔が引きつっちゃうんですよね」

「そんなこと無かったですよ? とても格好良く写っていました」

初対面にも関わらず、彼女と進藤はすぐに打ち解けて話し始めた。

「それで操さんはどうして東京へ?」

「明日、友人の結婚式があるんです。それで久しぶりに叔父様や叔母様、アキラくんにご挨拶しようと思って」

こんな機会でも無いとなかなかこちらには来られないから、ついでにディズニーランドにも行くつもりで三日間有給を取っ
て来ているのだと話す彼女に進藤が不思議そうな顔をする。


「え? そんな遠く…に住んでるんですか?」

東京生まれ、東京育ちの進藤にはディズニーランドに来るのがそんなに大変だという感覚が無い。

「彼女、屋久島に住んでいるんだ」

「へー、屋久島ってあのものっすごい大きな杉の木がある所でしょう?」

「ええ、最近は観光で来られる方も多いですけど、ずっと住んでいる私にはこちらの方が魅力的ですね」

「確かに遊ぶ所は多いけど。でも住むならそっちの方が環境いいんじゃないかなあ」

「あら、じゃあいらっしゃいます?」

にっこりと彼女に微笑まれ、進藤は心なし赤くなったようだった。

「若い方が永住してくださるのは島民として大歓迎です」

「永住って、ちょっ…ごめんなさい、やっぱおれ東京がいいです。屋久島じゃおれの仕事無さそうだし」

「あら、屋久島にも碁を打つ人はたくさんいますよ?」

「えー?」

返事に窮した進藤にあははと明るく彼女が笑う。そういえば昨夜両親と共に彼女と食事をした時に進藤のことを話したら、
彼女がとても興味を示したことを思い出した。


『へえ、面白そう。進藤ヒカルくんかあ』

その時、じわりと腹の底に不快感が沸いたのだが、今もまたその時と同じ不快な気持ちがこみ上げて来る。

「あ、そうだ。操さんて何歳? おれらより年下?」

「残念、二つ年上のお姉さんでした」

「いや、二歳くらいで年上ぶられても」

場所をカフェに移した後も進藤と彼女は非道く話が弾んでいて、果たして彼女の親戚はどちらだったのかと言いたくなっ
てしまう程だった。


「囲碁はやる? 打てるなら携帯の碁盤持って来てるけど」

「ごめんなさい。私はちっとも。でもやってみたいとは思っているの」

「だったら教えてやるよ。折角今こうして二人も指導碁出来るのがいるんだし」

そして本当に碁盤を取り出して進藤はそのまま彼女に碁を教えだした。

もちろん二人で教えているという形だったけれど、彼女はほとんど進藤のことしか見ていなかったし、進藤もまたぼくの
存在を忘れてしまったかのように彼女とばかり話していた。


そしてその合間合間、じっと彼女の上から下までを進藤が見るのがぼくはたまらなく嫌だった。

「…何か追加で買って来る」

最初にオーダーしたものはとっくに飲み干してしまい、それでもまだまだ指導碁は続きそうだったのでぼくは席を立って
三人分の飲み物を買いに行った。


カウンターはちょうど客が集中して混雑してしまい、戻るまでに少し時間がかかってしまった。

ようやくトレイを持って席の近くまで戻った時、彼女が進藤に話している声が聞こえた。

「ねえ、進藤さんて恋人います?」

ドキリとした。

「…なんで?」

「もし、いないのだったら私と付き合ってみません?」

それとも親友と同じ顔の恋人なんて嫌ですかと屈託無く進藤に迫る彼女にぼくは殺意に近いものを感じた。

「別に嫌じゃないけど―」

進藤が即座に断らなかったことにぼくはショックを受けた。絶対にすぐに断ると思ったのに。

「おれさ、確かに塔矢の顔ってすごく好きなんだ。男に言うのもなんだけど凄く綺麗だろ? もし女だったらって思ったこと
もあるし」


すうっと頭の先から血の気が引いて行く。ぼくは進藤の言葉の続きを聞いていられなくてそのまま二人に背を向けるとト
レイを返却口に置いて店から飛び出してしまった。


予感がしたのだ。

従姉が進藤に会いたいと言った時、そして進藤が従姉に会いたいと言った時、この自分によく似た従姉を進藤が好きに
なってしまうかもしれないと。


進藤はよくぼくに顔で好きになったわけでは無いと言ったけれど、ぼくの顔の造作を嫌いなわけでは無い。さっき自分で
言っていたようにもちろんとても好きなのだ。


たまたま先に出会ったのが男のぼくだっただけで、もし同じ顔の女性がいたらそちらを選ぶのではないだろうかと。

そして実際会わせてみたら進藤は吸い寄せられるように彼女から目が離せなくなってしまった。

二人で向かい合い、碁を打ちながら彼は悟ったのではないか。

ぼくに恋したのは間違いだった。本物はこっちだったのだ―と。

(会わせなければ良かった)

どんなに進藤が会いたいと言っても頑として会わせなければ良かったと今更のように後悔する。

歩き続ける内にポケットの携帯が鳴った。

進藤が電話をかけて来たのだ。

いきなりぼくが姿を消したのでどうしたのかと不審に思っているのだろう。

ぼくは携帯を取り出すとコール音が止まるのを待ってメールを打った。

急用を思い出したから先に帰る。彼女のことは任せたと。

打ちながら指が震えた。もしかしたらこれで決定的なことになってしまうかもしれないからだ。

目を閉じて送信して、そのまま携帯の電源を切った。



帰宅して母に彼女のことを聞かれたけれど、曖昧に誤魔化して疲れたからとそのまま部屋に閉じこもる。

彼女はホテル泊だから今日家に来ることは無い。進藤とあの後どうなったのか結果を聞かされなくて済むのは有り難い
と思った。


(次に進藤と顔を合わせるのは4日後だし、それまでにはなんとか)

なんとか自分を立て直すことが出来るのではないだろうか。

何を告げられても取り乱すことなく対応出来るよう心の準備をしておかなくてはならない。

(でも今日はまだ無理だ、まだ―)

早々に布団を敷き、中に潜り込んでさあ泣こうと思った時だった。遠慮がちに襖の向こうから声がかけられた。

「あの、アキラさん? 進藤さんがいらっしゃっているんだけど」

お通ししても良いかしらと言う母の声にぼくは驚愕した。ぼくの考えていた通りなら彼はまだ彼女と居るはずだったからだ。

「すみません、気分が優れないのでもう床についているんです。進藤には後で改めて連絡を入れますから帰って貰ってく
ださい」


「そう? じゃあそう伝えますね?」

ぱたぱたと足音が去って行くのをぼくはまんじりともせずに布団越しに聞いた。

そして―。

「こらっ、塔矢てめえ、何仮病こいてんだよ! 明子サンにはこれから喧嘩するからってファミレスに行って貰ったからな、
覚悟しろよ」


怒鳴り声と共に、どかどかとした乱暴な足音が廊下に響いたかと思ったら、スパンと襖が引き開けられて進藤が部屋に
入って来た。


「おまえ何考えてんだ! 一人で先に帰りやがって。操さんはおまえの従姉なんだろう、どうしてそれを置いて行っちゃうん
だよ。操さんびっくりしてたぞ」


ぐいと圧力がかかるのは、進藤が布団ごとぼくを踏んづけているからだ。

「顔出せほら、どうしてあんなことしたかちゃんとおれに説明してみろ。何らしくないことやってんだよ」

「らしくなくて悪かったな」

遠慮無く踏み続けられてさすがにぼくも潜っていられなくなって布団をはね除けた。

「確かに彼女はぼくの従姉だけど、キミと気が合っていたようだったし邪魔をしちゃ悪いかと思って」

「はあ? なんだよそれ、どういう意味だか言ってみろ」

「…別に、どういう意味も」

じいっと見つめられて、ぼくは気まずく視線をそらせた。そんなぼくに進藤がぽつりと言う。

「おまえ聞いてたんだな、アレ。で、まさかと思うけど、おれが操さんと付き合うとか思ってんの?」

「だってキミ、ずっと彼女を見ていたじゃないか。ぼくなんかそっちのけで彼女の顔しか見ていなかった。きっと思っていた
んだろう? ぼくと付き合ったのは間違いで、本当に出会うべきだったのは彼女だったんだって」


胸に溜め込んでいた言葉を一気に吐き出すと、進藤は深く眉を寄せていきなりぼくに「バカ」と言った。

「おまえ何言ってんの? バカじゃねーの? 確かにおれは操さんの顔見てたけどさ、それっておまえに似てたからだし、
おまえが女だったらこんなんだったんかなあってそう思ってただけだし」


「だったら彼女でいいじゃないか。彼女はその、『ぼくの顔をした女の子』だぞ、向こうもキミに気があるみたいだし、付き
合えば全て丸く収まるじゃないか」


べちっと音がしたのは進藤がぼくの額を叩いたからだった。

「おまえそれ本気で言ってんの? おれが彼女と付き合って全て丸く収まるだなんて、本気で言ってんだとしたら頭おかし
いぜ」


「何が―」

「いいか? 確かにおれはおまえの顔が好きだよ。綺麗だと思ってるし可愛いなとも思ってる。でも女だったら良かったの
になんて考えたことも無いぞ! 操さんのこと見てたのは、単純にこんな感じになるんだなって感心してただけ! だから
例えどんなに操さんがおまえに似た顔をしていたとしても、それだけで好きになったりなんかしないんだからな!」


中身を含めた『おまえ』全部をおれは好きなんだからと言われてぼくは進藤を見た。

「中身を含めた…ぼく?」

「そうだよ。その思い込みが激しくて直情的で、頭イイくせに何故か明後日の方向にイノシシみたいに突っ走っちゃうおま
えの中身あってこその『好き』なんだって」


顔なんかおまけだと言われて、でもまだ信じられない。

「でも…女の子なんだぞ。付き合っても結婚しても何の支障も無い―」

「支障もクソもあるか! おれの好きなのはおまえなんだって、今言ったことおまえ聞いて無かったのかよ。 未来永劫
おれが好きなのはおまえだけ! だからつまんないことで勝手に揺らいで勝手に落ち込むな!」


叩きつけるように言われてしばし絶句する。そうしてからようやく震える唇で返事をした。

「ごめん…なさい」

「大体なあ、おまえもおれの顔結構好きだと思うけど、おれとうり二つの顔した女が現れたとして、おまえおれのこと捨て
てそいつと結婚するのかよ」


「まさか!」

「だったらおれだって同じだ、バカ!」

目の前で真っ赤になって怒っている進藤の顔を見ていたら、なんだか腰が抜けたような全身の力が抜けたような気持ち
になって畳に伏してしまった。


「なんでそう疑うかなあ」

「…ごめん」

「それに大体さ、操さん思ってたよりおまえに似てなんかいなかったけど」

「え?」

意外な言葉に思わず顔を上げる。

「おまえの方が百倍美人」

「バカ」

思わず怒鳴り返して、けれどそのまま泣いてしまった。

良かった。彼がぼく以外の人を好きにならなくて本当に良かったと思いながら。



後日、屋久島に帰る前にと従姉が再び家を訪れた。

生憎両親は不在で、でもお土産を渡すだけだからと玄関口より先には上がらなかった。

「はいこれ、って言ってもアキラくん達には珍しく無いと思うけど」

ディズニーランドで買ったというクッキーの詰め合わせをぼくに渡してくれて、それから苦笑のように笑って言う。

「アキラくんのお友達、好みのタイプだったから告白したんだけどフラれちゃった」

「そう…ですか」

「彼、なんて言って断ったと思う?」

「さあ」

「進藤くんね、こう言ったのよ? 『操さんは塔矢アキラじゃないから』」

「は?」

「『美人だと思うし、話してて楽しいけど付き合えない。それは操さんが塔矢アキラじゃないから。それだけ』って、それで
私のこと置いてアキラくんを追いかけて帰っちゃったのよ」


じいっとぼくを見て、それから彼女は大きなため息をついた。

「悔しいなあ。私顔は絶対アキラくんに負けて無いはずなんだけどな」

「そうかもしれないです。でも…彼はバカですから」

「そうね」

「バカで…本当に大バカで、でも恋人には優しいんです」

あの後彼はいかにぼくを好きなのか蕩々と語り続けた。泣き続けるぼくの手を握って時々背中を撫でながら、ぼくのどこ
が好きで、どんな所が愛しくて、だからどこの誰にも心を移すことは無いのだとじっくりと時間をかけてぼくに解らせた。


「あーあ」

従姉はじっとぼくの顔を見つめると複雑な顔をして、でも最後には笑って出て行った。

その笑顔はやはりぼくによく似ていて、でも確かに彼が言うようにあまり似ていないようにも感じられたのだった。


※女顔とからかわれることで一つ。才能よりまず顔のことを先に言われるので二つ。悪口を言われる時に、顔と囲碁の才能を絡めて言われるので三つ。
アキラは自分の容姿にコンプレックスを持っていると思います。勝手にイメージを作られるのもたぶん嫌い。もっと男らしい姿形に生まれて来たかったと思っています。
で、ヒカルはそんなアキラをほんっっっっっっっっっっっとうに美人だなあ、綺麗だなあ、でも中身ほんっっっっっとうにキツいよな、性格悪いよなと思っています。
でもそこが良い、面白い、可愛い、好きと。まあ結局の所アキラならなんでもいいんですよ。


ということで今年のスパコミ置き土産SSです。いや私も留守番ですが。2015.5.4 しょうこ


追記/タイトルは「二番手じゃないよ」という意味です。