熱雷



「夕べの雷凄かったねえ」

エレベーターに乗り込んだ所で週間碁の古瀬村に話しかけられたアキラは、えっと不思議そうな顔になった。

「雷なんか鳴っていましたか? 全然気がつきませんでした」

「えー? 塔矢くん気がつかなかったの? あんなに凄い雷だったのに」

どうやら首都圏一帯に相当非道い雷雨があったようなのだ。

「もうバンバン落ちまくりで地響きまでしちゃって、停電した所も随分あるみたいだよ」

「そう…だったんですか」

それでも全く実感無く、きょとんとしているアキラとは逆に、ヒカルは食い付き良く答えた。

「凄かったっすよね、雷。外が昼間みたいに明るくなっちゃって、おかげでおれも今日はちょっと寝不足気味です」

「だよね。ぼくも明け方までよく眠れなかったよ。あれで目が覚めないなんて、塔矢くんものすごく寝付きがいいんだね」

「そういうわけでは無いんですが」

感心されて苦笑する。

別に寝付きがいいわけでも何でもない。単純に雷が鳴っていただろう時間、アキラにはそれに気づく余裕が無かったのだ。

目の前に居るヒカルにベッドの上で背後から貫かれ、意識が飛びそうな程乱れさせられていたからだ。

アキラが覚えているのは掴んだためにしわの寄ったシーツのひだと、自分の手を上から被せるようにして押さえつけるヒカル
の手だけだった。


それなのにヒカルの方は周りを見る余裕すらあったらしい。

「こいつ結構図太いから」

へらへらと笑って言うヒカルに、アキラは一瞬本気で殺意を抱いてしまった。

「まあ、きっと塔矢くんは睡眠が深いタイプなんだよね」

それが顔に出ていたのだろう。古瀬村は慌ててフォローするように言うと、事務室のある四階でそそくさと降りて行った。

のっそりと目の前で閉まって行くドアを見つめながらアキラはぶっきらぼうに言った。

「雷のこと、なんで言わなかったんだ」

「は? ああ、今のこと? もしかしておまえ怒ってんの?」

「別に。ただ、そんなに退屈だったのなら、もうぼくと寝るのは止めた方がいいんじゃないかと思って」

「やっぱ怒ってんじゃん。嘘だよ。雷なんておれも全然気がつかなかった。夢中で気づく暇も無かったよ」

「だったらどうして」

「古瀬村さんに話しを合わせただけ。だって変だろ? そんな凄かったらしい雷を二人揃って気がつきませんでしたなんて」

ああいうのはさ、適当に相手の話に調子を合わせてればいいんだよと言われて、その何の悪びれも無さにアキラは胸の中
に苦いものが沸いて来るのを感じた。


「悪党」

キミは嘘をつくのに何の呵責も感じないんだなと嫌みたらしく言ってやったら、ヒカルは平然とそれを受け、あまつさえにっこり
と笑って言ったのだった。


「そんなの、今頃気がついたのかよ」

自信満々厚顔不遜、アキラにきっぱり言い放つ。

「おれは悪党だよ。嘘だって必要なら幾らでもつくし、ついても全然平気だし。でも、そんな悪党のおれをおまえは死ぬ程好き
なんだろう?」


アキラはヒカルの横っ面を引っぱたいてやりたくなった。

腹が立ったからだ。

こんな男のされるまま、荒い息を吐いていた自分にも非道く腹が立つ。

「どうした? ぶん殴る?」

「いや…」

ムッとした顔のまま、アキラは視線を逸らしてヒカルに背中を向けた。

それはちょうどエレベーターが目的の階に着いて止まったからでもあり、やりきれない気持ちを持て余してしまったからでもある。

「死にたくなるな」

「え?」

「確かにキミの言う通り、最低な人間のキミをぼくは愛しているんだから」

ため息のようなアキラの言葉とエレベーターのドアが開き始めるのは同時だった。けれど降りようとしたアキラの体をヒカルの腕
が引き寄せてそのまま『閉じる』ボタンを押した。


「ごめん、ちょっと悪ふざけが過ぎた」

もう意地悪言わないから、死にたくなるなんて言わないでと耳元で懇願のように囁かれ、アキラは大きくため息をつくと「わかった」
とひとこと返してから滲んで来る涙をせき止めるため、静かに瞼を閉じたのだった。



※あれ? 甘い話のつもりで書いていたのに、なんだかほろ苦くなりましたよ。
私の書くアキラは自分ばかりなりふり構わずヒカルを好きでいて、それを悔しいと思うアキラです。いや、実際はヒカルの方もかなりなりふり構わず
なんですが。2015.6.9 しょうこ