私がいてもいなくても
※(注)辛口。




「私がいてもいなくてもあなたは気にもしないんでしょう?」

そう言われて三人目の恋人に振られて、しばらく女性と付き合うのは止めようと思った。

元々誰でもいいと思って付き合い始めたのだから愛想を尽かされても仕方が無いが、
こうも短期間に見切りを付けられると、改めて自分の人としての欠陥を思い知らされる。




「おまえまた振られたんだって?」

その日、一人記者室に残って頼まれものの原稿を書いていたら、こういう話だけは嫌味な
程耳ざとい進藤がにこにこと機嫌良く入って来た。


「これで何人目だっけ? 女には困らない若先生は、飽きられるのも早いよな」
「知っていてわざわざ傷を抉りに来たのなら、キミは相当趣味が悪いよ」
「最初から傷なんて無いくせに」


これ以上無いくらいの極上の笑顔で言われて、さすがにムッと睨み付ける。

「どういう意味だ」
「どういうって言葉通り。おれ以外誰も好きになれない癖に、逃げようとするからそういう
痛い目に遭うんだよ」


いい加減観念して戻って来いと鍵を握らされて投げ返す。

「いらないって言っているだろう。キミこそいい加減諦めたらどうだ」

どんなに欲しいと願ってもぼくをくれてなんかやらないのだから、あの幼馴染みでも院生
友達でも、誰でもいいから結婚してしまえと一気に言う言葉に眉も動かさない。


「それで? もしそうしたら本当におまえは満足か?」

おれがおまえの知らない所で女を抱いて、本当にそれで満足するのかよと顔を近づけ
られて思い切り背けた。


「…キミがいつまでもそうやって待っているから」

だから思い切れないんだと、それが言い訳なのは誰よりも自分がよく知っている。

そしてぼく以上に進藤もそのことをよく知っているのだった。

「おれは、そんなに優しくなんか無いよ」

背けた顔をぐいと無理矢理直されて、それでも尚、背けようとしたら、進藤は笑顔のまま
ぼくの顎を指で掴んだ。


「いつまでもそうやっていられると思うなよ。そうやって曖昧に誤魔化し続けていられるな
んて夢にも思うな」


おれはその気になったらいつだって、おまえのことを踏みにじる事が出来るんだからなと。

そして逃れる間も無く口づけられる。

「おまえのプライドとか、立場とか、大事に抱えてる色々なモンぶち壊して、意思なんか完
全無視で引きずって行くことだって出来るんだ」
「―っ」


なんとか振り解いて腕を振り上げるぼくを進藤は真っ直ぐに見詰めたまま避けようともし
ない。


バシッと派手な音をたてて頬を殴っても進藤はびくともしなかった。

「殴れよ、それで気が済むんなら」

でも事実は変わらない。おまえはおれ以外の誰も愛せない。永遠におれのことしか愛せ
ないんだと言って笑った。


凄みのある笑みだった。

「認めろよ、いい加減」
「嫌だ、キミなんか嫌いだ!」


認めない。絶対に認めたくなんか無い。たった一人に心を占められて生きるなんて。

「言ってろよ。おまえはまたきっと別れるんだから。これから何人の女と付き合っても絶
対に女の方から捨てられる」


あいつらも馬鹿じゃないからと言い切られて、たまらず目を閉じた。

ああ、解っている。

本当は解っている。

自分が本当はどうしたいのか―。


「それでもキミになんかぼくは堕ちない」
「藻掻くだけ藻掻けば?」


待っているからと、そこだけは本当に進藤の声は優しかった。

彼もまたぼくという軛に縛られて、それ以外を選ぶことが出来ない不幸な人間なのかも
しれなかった。


「…藻掻かせて貰うよ、キミがどれくらい長い間ぼくを待とうとも」

待ちきれなくなって諦めたら嬉しいし、諦めきれずに引きずりに来たとしても全力で逃げ
続けてやると、なけなしのプライドをかき集めて言ったら、進藤は「上等だ」と言って、再
び不敵に笑ったのだった。




※えーと、なんですか、両想い?両想いなんですよ、これでも。後味悪くてごめんなさい。
2010.10.3 しょうこ