甘え酒



八木の為三郎に秋祭りに誘われて、出掛けて行った総司が、ぱたぱたと足音も軽く帰ってきた。
「土方さん!」
その勢いのまま、すぱんっと障子が開け放たれ、総司が顔を見せた。
「総司。騒々しいぞ」
何度言っても改まらないのは承知しているが、それでも繰り返し歳三は言ってしまう。
「これ、飲みましょう」
歳三の言葉も無視して、振り向いた歳三の目の前に総司が差し出したものは、湯気がほわほわと立ち昇っている湯呑み。
ぷんと、甘い匂いが鼻につく。
目線を下にずらし、湯呑みを覗き込めば、白濁した液体が並々と入っている。
「すっごく、美味しいんですよ。これ」
総司が持ってきたのは、その匂いやらからして甘酒だと、歳三は判断した。
だが名前は甘酒でも、酒は酒。
下戸に近い歳三だから、量を過ごせば酔っ払ってしまう。
総司が歳三に差し出したのは湯呑みだが、よくよく見れば重そうな徳利も持っているのだ。
たぶん、そちらにはまだまだたっぷりと甘酒が入っているに違いない。
総司も歳三と同じく下戸だが、甘い物好きな総司のことだ、非番と言うこともあり飲む気に違いない。
「今は、執務中だ。飲めるか」
それにつき合わされたら、仕事にならぬ。
だから、そう邪険に断ったのだが、敵も然るもの。全く動じない。
にこにこ顔で、総司は歳三に湯呑みを押し付けた。
「これは、酔っ払いませんよ」
「??? なんでだ? 甘酒だろう、これ」
どう見ても手の中のものは、甘酒である。
生姜の微かな匂いも手伝って、食欲をそそるのが確かなほどに甘酒なのだ。
「ええ、甘酒です。でも、酔っ払わないんだそうですよ」
総司の癖の首を傾げた仕草は歳三には可愛いが、言ってる話の内容はどうにも要領を得ない。
「言ってる意味がわかんねぇぞ?」
だから、そこを歳三は突っ込んだのだが……。
「私たちがよく飲む甘酒って、酒粕から作るけど、これはお米を粥状にして、発酵させる前に飲むものなんです。だから酔わないんだって」
総司は聞いてきたばかりの受け売りを、そのまま歳三に話した。
甘酒と言えば、酒粕から作ったものしか飲んだことのない歳三には、米から作った甘酒と言うものは初耳だった。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。小難しいことは抜きにして、飲みましょうよ」
折角あっためてきたのに冷めちゃいますよ、と総司は自分の湯飲みに口をつけた。
しかたなく歳三も、湯飲みに口をつけ一口飲む。
酒独特の嫌な匂いが全くなく、仄かに口に広がる甘さが旨みを伝えてくる。
「美味い、な」
思わずと言った感じで呟いた歳三に、
「でしょう? 私もこんな美味しいの、初めて飲みましたよ」
向き合った総司が、にこにこと嬉しそうに笑みを零す。
「それ。全部飲むのか?」
肌寒くなってきた秋の初めには、ぴったりの飲み物かもしれないが、歳三は最前から気になっていた徳利を指差した。
「え? 全部いっぺんには飲みませんよ? 今は、もう少しだけね」
今は、と言うことは、今でないときに全部飲むと言うことだろう。
それほど気に入ったと言うことだろうが、総司らしい物言いに歳三は苦笑を零した。
飲み干した歳三が湯呑みを置き、総司に背を向け書類と格闘を始めると、背後で甘酒を注ぐ音がこぽこぽとする。
先ほどの言葉どおり、もう少し飲むつもりだと知って、歳三は心の内でひっそりと笑う。
しばらくして、歳三の背中に温かい重みがかかった。
どうやら、総司が背を凭せ掛けているらしい。
が、徐々にその体が重くなってきた。
背にしっかり総司が凭れているので振り返ることは出来ないが、気配を探れば微かに寝息が聞こえてくる。
総司の元まで入り込んだ日差しと、暖かな甘酒を飲んだことで、眠りに落ちたようだ。
起こすのも忍びないと、鬼の副長は身動きすらままならず、仕事を続ける破目になった。
全くもって甘いことである。




現在は酒粕から作る甘酒が一般的ですよね。
幕末はどうだか分かりませんが、現代と同じだと思ってくださいませ〜〜。



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