鬼も内



重要な書類が多いので締め切った部屋の中、歳三がせっせと筆を走らせていた。
山積の書類は、書いても書いても、いっかな減る気配を見せぬ。
そろそろ能率が落ち始める、そんな時刻。
ふと微かに、聞き慣れた声が聞こえてきた。
最初はなんと言ってるのかも判らないぐらいだったが、段々と近付いてくる気配と共に、はっきりと聞こえ出した。
「福は内、鬼もうち〜」
「???」
だが聞こえた言葉に、歳三は首を捻った。
何故かと言えば、初めて聞く言葉だったからだ。
しばらくして、歳三の部屋に断りもなく入ってきた総司が、
「福は内、鬼もうち〜」
と、先ほど聞こえた同じ言葉を言いながら、手にしていた枡から豆を一掴み部屋に撒いた。
その様子を見て、誰が片付けるんだと思い、叱りつけるべきかとも思いながらも、気になっていたことを歳三は先に聞こうと声を掛けてしまった。
「おい、総司」
「はい? なんですか?」
総司が首を傾げる様を、可愛いなぁと、心の内で鼻の下を伸ばしつつ、
「こっちでは、鬼も内、と言うのか?」
京での節分が始めての歳三は、ところ変われば言う言葉も変わるのかと、そう聞いたが、
「いいえ、まさか。ここだけですよぅ」
ころころと、総司は花の様に笑って答えた。
「だって、ここは鬼の住処でしょ? 鬼は外って言ったら、私たちの住む場所なくなっちゃうじゃないですか」
「…………」
都人に、新撰組は鬼とも恐れられているのは確かだが、自ら言い切ってしまうのもどうかと、歳三は思うのだが。
総司の花のような、と形容されるに相応しい容貌を見ていると、そんなことは些細なことだとどうでもよくなってしまうのが性質が悪かった。
「はい、歳さん。手を出して」
総司に言われて、歳三が素直に手を出すと、その手のひらに置かれたのは、懐紙で何かを包んだものだった。
「炒ったお豆さんですよ。ちゃ〜〜んと歳の数だけ入れてありますからね。食べてくださいね」
なるほど、どうりでずっしりと重いはずだ。
律儀な総司のことだ、本当に言葉どおり歳の数だけ豆が包んであることだろう。
「お前は、もう食ったのか?」
「私? いえ、まだですよ」
「じゃあ、あとで一緒に食おう」
そう言ってやると、目に見えて総司の顔が綻んだ。
「いいんですか?」
それでも、歳三の忙しさを推し量るように、窺うように見る総司に、
「そうすりゃ、俺がずるをしてないかどうか、良く分かるだろうが……」
と返してやると、
「分かりました。あとでお茶を持ってきます」
にっこりと笑って、部屋を出て行こうとした。
「そうしてくれ」
歳三は言いつつ、
「おい、総司。あんまり撒きすぎるなよ。あとが大変だからな」
部屋の中に撒かれた豆を指し示すと、総司はぺろりと舌を出しながら戻ってきて、誤魔化すように歳三にさっと口付けて、身を翻して出て行った。
「は〜〜い、気をつけま〜す」
と声だけを残して。
あとで隊士に掃除を命じなければと思案しつつ、全くいつまで経っても総司には敵わないと、諸手を上げながらもそれが嬉しくて仕方がない歳三だった。






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