Real



俺ももてるが、総司もよくもてる。
人当たりが柔らかく優しいから、誤解する女が多いようだ。
剣道をやっているので言動は結構硬派でストイックなのだが、ベビーフェイスなため可愛く見られがちで、女が警戒心もなく寄って来る。
俺とは全く違って、完全なフェミニストだしな。
女であれば、小さな子供から年配のご婦人方にまで、本当にごく自然に優しいのだ。
大学で芝居をやっている所為もあるかもしれない。
女を相手役に扱うことも多いし。
だから、女に囲まれ慣れている感じで、今まで女には不自由ない人生を送っていると思ってた。
だって、考えても見ろよ。
あいつが俺に手を出したのは、3回目に会った時なんだぜ?
たった3回。
それなのに、あいつは俺にキスしてきた。
いや、まぁ俺もそれには応えちまったけど……。

で、次に会った時には、ベッドを共にしてた。
キスをした後に、「こういう意味で好きだから、そんな付き合いをしたい」と言われて、思わず俺が頷いちまったからだがな。
でも、そんなに早く手を出すなんて、相当遊んでると俺が勘違いしちまっても、無理はないだろう?
随分扱いに慣れた感じだったし。
男の俺を抱くのにも躊躇いは感じなかったし。
だから、総司と所謂恋人同士となってしばらくしてから、俺は思い切って聞いてみた。
うじうじと思い悩むのは性分じゃないしな。
総司の家で、あいつが作ったペペロンチーノを食べながら、
「お前、女にもてるようなぁ」
ふと思いついたように聞いてみたんだ。
「そう?」
総司は特に気にした風もなく、首を傾げて笑みを見せた。
「歳さんも、人の事言えないでしょ」
にこにこと笑いながら、総司は俺に突っ込みをくれる。
確かに俺も、もてるほうだ。いや、そうじゃなくて!
「俺のことはいいんだよ」
そうだ。俺のことなんかどうでもいい。問題はお前なんだよ。
「今まで何人と付き合ってきた?」
ちょっと憮然とした気持ちで、俺は聞いた。
「え? 付き合い? したことないよ」
あっけらかんと言われたが、そんな言葉が信じられるものか。
「嘘吐け」
あのもてぶりで、そんな訳がないと断言すると、
「ない、ってば。歳さんの言うのは、恋人としての付き合いでしょ? そんなの一度もしたことないよ」
さっき総司にフォークを突きつけたままで、睨みつけてる俺に総司は困惑顔で。
「なんて言うのかさ。そのキスとかセックスだとか、気持ちのいいもんだとは思ってもみなかったし。どっちかというと気持ち悪いんじゃないかって……」
「気持ち悪い?」
「うん。こうくっ付くのって、苦手だし」
あいつは身を乗り出し、目の前の俺にチュッと軽く口付けた。
「馬鹿っ」
つい赤くなったのが、自分でも分かる。頬が熱い。
いや、それはともかく。こういう真似をさらっとしておいて、気持ちが悪いって何事だ?
「だからね。自分でも不思議なんだよね。人と触れ合うのも苦手なんだよ、俺。歳さん相手だと、平気なんだけどさ」
総司がテーブルを回りこんで、俺の傍に立つ。
「それどころか、もっと触れたいと思うし。だから、キスもいっぱいしたいし、セックスももっとしたい」
で、俺を抱きこんで、額に頬にとキスの雨を降らす。
くすぐったくて身じろぐが、総司はしっかりと俺を抱きこんで離しゃしない。
「そんなこと言って、芝居でラブシーンもするんだろ」
この間、総司の大学の学祭でやってた芝居を見たが、しっかりラブシーンがあった。
それで、むかついた覚えがしっかりと俺にはある。
そういうシーンを照れもせずにやってしまえる人間が、人との接触が気持ち悪いと言われても信じられるものではなかった。
「芝居だからね。それだったら大丈夫。演じている役柄は、役柄であって俺自身じゃないし」
なんとなく総司の言葉が突き刺さる。
俺に対しても、芝居と大差なんじゃないかと、そんな気がしてきた。
だから、俺は、
「俺に対しても、同じじゃないのか?」
と言ってしまった。
「え?」
「だから、俺に対しても芝居じゃないのか、って言ってんだよ」
呆けたような顔の総司に、言い募るように繰り返して。
「――――。俺、歳さんには素顔しか見せたことないよ」
総司が見せた顔が、余りにも悲しそうだったので、俺は何も言えなくなった。
「どうしたら、信じてくれる?」
別に信じていないわけじゃない。
だけど、総司があんまりにも、あけすけに愛情を表現してくれるし、男の俺をあっさりと抱いたから、そういうのに凄く慣れているんじゃないかと、疑心暗鬼になっただけだ。
俯いてしまって、顔を上げられない俺に、
「別れる?」
と、ぽつりと呟いた総司の言葉が飛び込んで、俺はばっと勢い良く顔を上げた。
別れる? こいつと?
そんなのは嫌だ! そんなことは考えたことねぇ!!
総司の襟元をぎゅっと掴んで、でも言葉が出なくて首を横に振るだけの俺に、総司はそっと目元に唇を寄せてきた。
そして、吸い取られるような動きに、俺は涙を浮かべていたことを知った。
「好きだよ。歳さんだけが、好きだよ」
「うん。うん――」
俺は総司の首にぎゅっと力の限りしがみついて。
「ごめ、ん。お前があんまりあっさりと一線を越えたから。だから俺……」
女はもちろん、男とも俺が最初じゃないんじゃないかと思ったのだと、告白した。
顔を上げさせられて、総司の顔が近付いてくる。
「歳さんだけだよ。こんなことするのは――」
しっかりと口を合わされて、舌を絡めて吸われた。
「やっと巡り会えたと思った。だから、早く触れたくて触れたくて、どうしようもなかったんだ」
総司の手が、服の上から俺の体のラインをなぞる。
「俺も……。でなきゃ、応えねぇよ」
耳を甘噛みされて、それだけで体が蕩けそうになる。
椅子の上に座っているから、かろうじて体勢を保っていられるようなものだ。
総司を詰ったくせに、俺は総司と違って女を知っている。
けど、女との行為で、こんな風な快感を得たことなんてなかった。
総司とだから、こんな風になってしまう自分が不思議だった。
でも、それが至福で、なんと心地よいことか。
「ね? 向こうへ行こう」
腰を抱き寄せられて、耳元で囁かれる言葉の、なんと甘いことか。
それだけで何も考えられなくなり、俺はこっくりと頷いた。
総司に引き揚げられるようにして、俺は何とか立ち上がって、促されるままぴったりとくっ付いて歩き出した。
この後を想像し、期待に打ち震えながら。






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