初紅



「宗さん、やっと元服だって?」
小野地村の小島家から、周助と共に戻ってきた宗次郎を見掛けて、原田は声を掛けた。
宗次郎が出掛ける前から、ふらっと試衛館を出ていた原田は、昨日帰ってくると、居残っていた近藤から、宗次郎が小野地村に出掛けた経緯を聞いたのだ。
近藤が妻を娶り、一家の大黒柱となるに当たって、宗次郎もそろそろ元服させようという話になり、天然理心流の有力な後援者である小島鹿之助に、その烏帽子親になって貰う為、挨拶に行ったということだった。
「うん。塾頭になるんだから、元服した方がいいって……」
昨年の秋、八坂神社に奉額した後、宗次郎の元服の話が出始めた。
宗次郎の師匠である近藤周助が隠居し、勇と改名した近藤勝太が天然理心流の宗家を継ぐことになったことから、宗次郎が塾頭になることが決まったからである。
武家の元服は、本来もっと早いものだが、宗次郎は未だ元服していなかったのだ。
塾頭ともなれば、他流派の手前もある、前髪立ちの若衆姿では何かと不都合があるだろうと、そういうことになった。
「へぇ、そうか。何か祝いをしないとなぁ」
人事ながら、心底嬉しそうな原田である。
原田にすれば、前髪立ちのその姿の所為で、道場破りに来た者たちにも、軽々しく見られる宗次郎に、つねづね憤っていたのだ。
宗次郎の剣の冴えに惚れ込んでの、試衛館の食客暮らしである。
その宗次郎の元服と言う目出度きことに、喜ばぬはずがなかった。
「どうした? 目出度いことだろう?」
けれど、元気のない宗次郎に、どうしたことかと、原田の眉が曇る。
「うん、それは目出度いことだけど……」
闊達な明るさが取り柄の宗次郎が沈むと、原田の気も沈んでしまう。
「なんか、別のことで悩んでんのか?」
「…………」
「俺で力になれるんだったら、力になるぜ」
原田は、宗次郎の背を、ばんっ、と景気をつけるべく、力任せに叩いた。
「痛いっ。痛いよ、左之さん」
宗次郎は、大袈裟に逃げようとするが、心得たもので原田は逃がさない。
組んず解れつ、子犬同士のようにじゃれあっていた二人だったが、やがて疲れてその場に寝転んでしまった。
寝転んだまま透き通るような空を見つつ、宗次郎は何かを言い掛けたが、
「あのね、左之さん。その……」
途中で詰まってしまう。
「なんだよ。言いよどんでちゃわかんないだろ?」
ごろりと寝転んで腕を頭の上で組んだ原田は、横をちらりと見遣って宗次郎を促した。
しばらく、宗次郎は思い悩んでいたようだが、原田に頭をこつんと突付かれ、思い切って尋ねた。
「えっと、その……。情を交わすのって、どうやるの?」
おずおずと聞かれた意味を把握しきれず、
「は?」
原田は一瞬呆けた。
宗次郎は、一度言い出して吹っ切れたのか、畳み掛けるように原田に聞いた。
「だから、はじめて情を交わす時って、どうやるの?」
「…………」
呆れたような原田の視線に、総司は言い募る。
「そりゃ、春画とか、左之さんに見せて貰ったことあるけど、あれって最終的な行為の図でしょ」
大体、春画とはそういうものだ。
そこへ至る経過など、書いていないもの方が多い。
「そこまで、どうやったらいいの?」
つまり、宗次郎は相手と一つになるまでの方法を、知りたいと言うことだろうか。
「宗さん、まだ女を、知らないのか?」
「うん」
素直に頷いた宗次郎に、原田は頼もしい兄貴分がいるじゃないか、と言ってやると。
「だって歳さんは、そんな所には連れて行けない。お前にはまだ早い、って言うし」
原田にすれば、あれほど遊び歩いている男の台詞じゃないと思う。
もっとも、歳三の連れて行けない、という言葉には、違う意味も含まれているだろうとは思うのだが。
それは、宗次郎も重々承知だろう。
歳三の宗次郎への可愛がり方を見てれば、容易に察しがつこうと言うもの。
気付かないのは、歳三とのことを宗次郎の幼い時から見ている、近藤ぐらいのものか。
思わず原田は腕を組んで、う〜んと唸ってしまった。
総司の年齢からすれば、決して女を知っていても不思議な歳ではない。
いや、遅いぐらいだろう。
「手っ取り早く知る方法は、やっぱり女を抱くことだな」
原田は顎に手を置き、
「言葉であれこれ言っても、実際とは違うしなぁ」
うんうんと一人頷いて、
「やってみりゃ、良く分かるぜ」
そう言って、宗次郎を見ると、宗次郎はなんとも変な顔をしている。
「どうした? 変な顔して」
「だって、好きな人を抱くのと同じようには、抱けないでしょう?」
情の掛け方が違うという意味だろうか?
「そりゃ、まぁなぁ。おんなじとはいかんが……」
だが、世の男どもには、大抵それは関係ないことだ。
もっとも、宗次郎にそれを言うのは、何故だか憚れた。
「好きな相手に手取り足取り、教えて貰うのも嬉しいもんだが……」
それも、男の醍醐味だろう。
「けど、知らずにそのときを迎えたくないんだろ?」
こっくりと、宗次郎の首が縦に振られる。
「わかった! 元服祝いだ。一肌脱ごう!」
「え?」
「やっぱり、実地が一番だ。吉原行って来い。金は何とかするから!」
「でも……」
尻込みして、渋る宗次郎に、
「ちゃんと話はつけとく。だから、宗さんは向こうに行って、女を抱いて来い。そうすりゃ、女の抱き方も、男の悦ばせ方も教えてくれる」
原田はそう言って、また景気付けに宗次郎の背中を叩いた。
「俺は、宗さんが好きだからな。幸せになって欲しいんだよ。で、宗さんがそう感じる相手なら、それが誰だって応援するさ」
よっこらせと、原田は腰を上げて、宗次郎の止めるのも聞かず、金を工面しに行った。


そんなこんなで、原田が金を工面した先は、山南・永倉・井上といったところ。
さすがに、近藤と歳三は外したらしい。
まぁ、それは当然か。二人とも宗次郎はまだまだ子供だと、思っている節が大である。
吉原に連れて行くなどと言えば、反対するに決まっている。
だから、宗次郎を吉原に連れて行くのは、今日ではなく日を改めて、二人の出払っているときにと言うことに相成った。
そうして、日が経ち七日ほど経った頃、近藤は多摩へ出稽古に出掛け、歳三も姉のおのぶから用事があるとかで呼び出され、二人揃っていなくなったのを幸いに、原田だけでは心もとないと、永倉も同行して、宗次郎は出掛けていった。
もっとも周助には、内緒だった宗次郎の行き先がばれていたと見え、
「変なのを、宛がうんじゃないよ」
と、さらに軍資金が下されていた。
それらを元手に、原田の馴染みの中見世に、三人揃って登楼した。
ただし、原田と永倉は後見役と言った役どころである。
宗次郎を上座に据え、その隣には心細やかと評判の花魁を置き、はじめて来た宗次郎の固い気分を解そうと、酒を酌み交わして音曲などから、場を和らげていった。
一頻り騒ぎ、そろそろ床入りの刻限となって、部屋を変えるべく花魁に手を引かれ、宗次郎は出て行った。
若々しく初々しい宗次郎と、華やかな花魁の後姿は、どこか微笑ましく原田たちは感じてしまった。
花魁には、原田の馴染みから話を通してあるから、上手くことを運んでくれるだろうと思いつつも、どこか不安で思わず祈りたくなってしまう。
「大丈夫かなぁ」
そんな原田に、敵娼はくすくすと、袖で口を押さえて笑った。
「そんなに、心配なさらずとも……」
「いや、分かっちゃいるが……。それでも、な」
頭を掻きながら、原田は敵娼に言うともなしに言い、永倉につい同意を求めてしまった。
「あはは……。まぁ、左之の心配も、分かるけどよ。心配したって、なるようにしかならねぇよ」
歴とした松前藩定府取次役の百五十石の跡取りにしては、永倉の物言いは至極べらんめぇであった。
それを聞いて、取り越し苦労をしても仕方がないと諦めたのか、原田は最後の一酒とばかりに杯を呷って、
「じゃあ、俺らもそろそろ、場を変えるか」
「ああ、宗次郎の武勇伝は、明日朝ゆっくりと聞きゃあいい」
と、二人立ち上がった。


さてさて翌日、馴染みとの後朝の別れを終え、宗次郎の様子を見れば、上手くことが運んだのは明白で。
原田は、ほっと一安心と言ったところだったが、念のため宗次郎の敵娼を務めた花魁に確かめると、
「ええ、とっても優しくしてくれんした」
と、蕩けるような笑顔で返され、更に、
「ほんに、あの方に想われいる方が、羨ましいわぁ」
とまで、付け加えられて、原田の背に、もしやと冷や汗が流れた。
もっとも、花魁たるもの宗次郎に岡惚れして、追い掛け回すようなことはしないだろうが。
「そうか、ありがとよ」
原田は花魁の意図を気付かぬような素振りで礼を言い、その別れた足で、先に出た宗次郎と永倉を追い駆けた。
「遅えぞぉ」
里を出る間際に追いついた原田に、永倉の間延びした叱責が飛ぶ。
「悪りい、悪りぃ」
宗次郎と永倉の肩を抱くようにして、原田は二人の間に入り、そうして、三人陽気に試衛館へと帰っていった。




結局、宗次郎は、女性の抱き方と手管を知りたかったという訳ですね。
この時点では、どちらも男だから、宗次郎はどっちになっても良いと思っていました。
だから、抱くにしろ、抱かれるにしろ、それを知っておいた方が、いいだろうとの判断なんです。



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