九曜邂逅

〜 山南編 〜


お内儀にお使いを頼まれた宗次郎は、荷物を沢山抱えて頑張っていたのだが、どうにも子供には量が多すぎたようで、とうとう道の途中でばらばらと落としてしまった。
慌ててあちらこちらに転がってしまった品物を拾ったが、
「ひー、ふぅ、みぃ……」
と数を数えると足らない。
「足んない。どこいったんだろ?」
きょろきょろと辺りを見回すが、見当たらなくて困っていると、
「どうかしたのかな?」
と優しい声が掛かった。
「あっ」
探し物に夢中になっていた宗次郎はびっくりしたが、声の通りの優しげな男の風貌に安心した。
「びっくりさせてすまなかったね。気になってね。どうかしたのかい?」
「いいえ、すみません。私こそ、びっくりしてしまって。えっとこれを落としたんですが、あと三つ見つからなくて」
宗次郎が指し示す、足元に置かれた品を見て男は、
「ああ、形が丸っこいからどこかに転がっていってしまったんだろう。私も一緒に探してあげるよ」
にこにこと安心させるように笑った。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに頭を下げる宗次郎に、男はもう一度笑って一緒に探し出した。


結局、落とした品物は思い掛けないところに転がっていて、探すのに苦労したが何とか全て見つけることができた。
それもこれも、一緒に探してくれた山南と言う男のおかげだった。
山南は親切な男で、今も宗次郎には沢山すぎた荷物を、また落としてはいけないからと、分けて持ってくれている。
「ほんとに、いいのですか?」
宗次郎は山南を見上げて、声を掛ける。
「構わんよ。急ぐ用事もないからね」
「ありがとうございます」
にこにこと笑う宗次郎の姿は可愛らしかったが、その腰には小さいながらも刀が一本差してあり、その可愛らしい姿と対照的で山南の目を引いていた。
「宗次郎君は、剣を習っているのかい?」
宗次郎の帰る場所が、剣術道場と知り、山南は聞いた。
「はい」
「楽しいかい」
「とっても!」
元気良く山南の質問に答えた宗次郎だったが、
「学問は?」
続いた質問には、俯いてしまった。
「…………。にがて、です」
「ははっ。だが、学問は大事だよ」
「…………」
困ったように首を傾げて、俯いたままだ。
「黒船って知ってるかい?」
「はい、しってます。異国の船でしょう?」
話を変えて聞いた山南に、宗次郎は胸を張って答えた。
「ああ、そうだよ。今、そういう船が来る国難の時代なんだよ」
「こくなん?」
「難しすぎたかな? しかし、人に左右されない、自分の信念をしっかり持つのは大事なんだよ」
手をしっかりと繋ぎ、教え諭すように山南は言った。
「では、剣術は好きかい?」
「はいっ!」
宗次郎の声は、周りを歩いていた人が振り返るほど元気が良い。
「そうか。では、頑張りなさい。何事も人より精進してこそ、上達するものだからね」
この年、宗次郎が白河藩の指南役に勝つことになる。


ようやく試衛館に帰り着き、荷物を下したその場から立ち去ろうとした山南を引き止めたのは、近藤だった。
「忝い。宗次郎がお世話になり申した」
「いやいや、たいした事では……」
宗次郎と山南の持っている荷物を見て、その量の多さに近藤は身を縮めた。
とても子供一人に持てる量ではなかったからだ。
礼といって、近藤は山南を座敷に通し、茶を振舞った。
そこで茶と菓子を肴に、二人の話は世間話から黒船、果ては攘夷にまで及んで意気投合した。
そして、そろそろ山南が辞去しようと腰を上げる頃、近藤はある話を切り出した。
「山南殿のお人柄を見込んで、折り入ってお頼み申したいことがあるのですが、お聞き届けくださいませんでしょうか?」
畏まった近藤の態度に、
「なんでしょうか?」
山南も神妙に聞き返す。
「実は、拙者はこんな格好をしていますが、もとは百姓の出でして」
近藤が言い出したことは、己の素性のことだった。
「義父上もおなじです。天然理心流の宗家という、その一点でこうして侍の格好ができている訳です」
本来なら人に語るべき話ではない。
「ですが、悲しいかな。剣術はでき侍の格好をしてはいても、所詮真似事です」
自嘲気味に近藤の告白は続く。
「宗次郎は微禄であっても武士の家柄です。しかし、幼くして父と死に別れた為、武士の作法を知りません。そこで、お願いと言うのは他でもない。宗次郎に武士の心得や作法を教えてやってくださるまいか」
近藤は深々と頭を下げ、
「本来なら、私どもが教えねばならぬことですが……。如何でござろうか」
山南の返事を待った。
近藤の言葉を聞き、思案していたかのような山南だったが、胸襟を開き苦衷を語った相手を、見捨てるような真似の出来よう筈はなく、
「判りました。私でよろしければ」
近藤の手を取り、頭を上げるように促した。
「おお。引き受けてくださるか。有り難い」
下げていた頭を一旦上げ、再度がばっと近藤は畳に平伏すように下げた。
「いやいや、武士の作法を教えるということは、己を見詰め返す良い機会でもあります。私のためになりますから、お気になさらずに」
にこにこと笑みを絶やさず、山南は話を進めていく。
「実を申せば、宗次郎殿と似た境遇の子供にも、教えておりますから」
「おお、そうですか。さすが山南殿だ」
近藤は素直に感嘆の声を上げた。
「では、他にも手習いなどもあるでしょうから、十日に一度一の付く日に、こちらに伺わせて頂くということではどうでしょう?」
「月に三度も? そんなに来ていただいて、いいのですか?」
「構いません。無理なら初めから言いませんし、お気遣いなく」
「いや。なんでしたら、宗次郎をその子供と一緒に教えていただいても……」
「いずれは、そうなるかもしれませんが、最初は別の方がいいでしょう。進み具合に違いがありますから」
「ああ、なるほど。それはそうですな」
「それと、もし近藤殿もご都合がよろしい時には、私がどんなことを教えるかご確認ください」
その方が安心でしょう、と言った山南の言葉の裏にある意味に、近藤は気付き目頭を熱くした。


熱心に山南の講義を聞いていた近藤は、
「なにやってんだ?」
唐突に聞こえた呆れた声に、びっくりして飛び上がった。
「おお、歳か。いつ来た?」
「歳さん!」
近藤の声に、宗次郎の声が重なる。
「さっきから居たけど。気付きゃしねぇ」
いつも馴染みの仏頂面で、歳三は答えた。
歳三の気配に聡い宗次郎にも、気付かれなかったのが気に入らない。
勉学に集中するあまり気付かなかったのは、歳三にも分かっていたが。
歳三を見とめるなり、抱きついてきた宗次郎を抱えて、歳三は縁側に座った。
近藤には見慣れた二人の姿だが、初めて見る山南が驚いているのに気付かす、近藤は歳三を紹介した。
「山南さん、これは歳三と言って、私の無二の親友です」
紹介されて、仕方なく歳三は会釈した。
「こちらは山南さんと言ってな。北辰一刀流の免許皆伝を持っておられる」
「山南です。お見知りおきを」
手のひらを膝に乗せ背筋をぴんと張った姿勢のまま、山南は挨拶を返した。
「ふ〜ん。そんな御仁が一体ここで何を?」
歳三は、宗次郎を抱えたままである。
「宗次郎に、武士の心得を教えていただいているんだ」
「武士の?」
ぴくりと歳三の眉が動く。どうじても武士という言葉に、敏感に反応してしまうのだ。
「で、なんで、あんたまでここにいるんだ?」
「俺か? 俺は監督だよ、宗次郎の」
そうは言っても、近藤の態度はどう見ても監督のそれではなく、宗次郎と同じ生徒のものだった。
だからこその歳三の言葉だったのだ。
そして、歳三はなんとなく分かってしまった。
近藤がここにいる理由を。
近藤は監督という名目で、宗次郎と一緒に山南から武士の心得を教授されてるのだ。
近藤にそんな小賢しい知恵はない。
とすれば、そんな提案をしたのは目の前で、取り澄ましたように座っている山南ということになる。
そんな知恵を近藤につけた山南に、歳三はなぜか好印象を抱かなかった。






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