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〜 藤堂編 〜 |
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歳三は江戸に行商に出てくると、必ず試衛館に立ち寄って数日を過ごす。 そして、その間一日は宗次郎を外へと連れて行くのが、常だった。 宗次郎は門弟として試衛館に住み込んでいたが、まだ小さくて剣を習うより、小間使いのようなことををさせられていたから、その気晴らしをさせるためであった。 しかし、ただ連れ出せば周助の内儀の機嫌が悪くなるから、ちゃんと帰りには土産を買って帰る気の配りようだった。 もちろん、試衛館を訪ねる時にも、ご機嫌伺いの土産は欠かさないといった念の入れようだ。 さて、そんなわけで今日も歳三は宗次郎を連れて出掛けた。 ちょうど歳三の一番好きな梅の咲く季節、行き先は何処という当てはなかったが、少し遠出をして梅でも愛でようかという気になった。 ゆっくりと朝餉を食べてから、少しばかり暖かな日差しの下、二人手を繋ぎ仲睦まじく歩いた。 昼には蕎麦をすすり、お八つ時には団子を食べ、今が盛りと咲き競う梅を堪能するまで眺めて、日がな一日のんびりと過ごしての帰り道、真っ直ぐ帰るのが勿体なくて、来た道と違う道を通って帰った。 その途中、威勢の良い声が聞こえてきて、興味を持ったのは同じ剣を習っている所為だったか。 二人同時に顔を見渡し、 「見ていくか?」 と歳三が聞けば、 「うん!」 元気のいい宗次郎の返事が返ってきた。 他流派の剣術を見るのは、宗次郎の役にも立つ。 出掛けた先で、道場を見つければ、覗いて見る習慣がつきつつあった。 近頃の道場は道に面して武者窓があり、中で稽古をしている様子が垣間見えるようになっている。 黒船来航で世情が騒がしく、世の中が物騒になってきて、侍だけでなく町人も武芸を習う風潮ができ、そんな人間がとっつき易いようになっているのだ。 この道場もご多分に漏れず、そういう造りになっていて、中を覗き込んでいる町人の姿も見えた。 歳三と宗次郎も、そんな中に加わった。 小さい宗次郎はそのままでは見えないから、歳三に肩車して貰って中を覗き込んだ。 「見えるか?」 「うん。見えるよ」 宗次郎は歳三の頭に手を置き、上から頷いた。 中では防具をつけた男たちが、丁々発止と打ち合っていた。 試衛館と違い人数も多く、随分と繁盛しているようだ。 看板にあるように、流石は北辰一刀流、と言ったところか。 歳三がそれに少し忌々しい気分になりながら、男たちの動きを見ていると、隅のほうで小さく動くものがある。 よくよく見れば、宗次郎と同じくらいのちびっ子剣士だった。 上目遣いに宗次郎を見れば、宗次郎も気付いていたらしく、その子供の方をじっと見ている。 競争心というものでも、宗次郎は感じているのだろうか。 そうして熱心に見ていた宗次郎と歳三だったが、そんな二人を見ていた者が居る。 それは、二人が見ていたちびっ子剣士であった。 肩車をして仲の良い雰囲気の二人に、兄弟だと思った子供は、一人っ子の自分を顧みて、羨ましいなぁと思っていた。 ちらりちらりと視界の隅に入れながら、言われたとおりに一人素振りを繰り返していたが、師匠に呼ばれて手ほどきを受けている間も、二人が気になって仕方がなかった。 これが、宗次郎らと藤堂平助との出会いであり、のちに山南を介して出会うことになろうとは、この時想像だにしなかった。 見ている人が入れ替わっても二人は見ていたが、陽射しが西に傾きだしてようやく重い腰を上げた。 「満足したか?」 宗次郎を肩から降ろし、再び手を繋いで家路についた。 「うん」 どこか夢見心地の宗次郎に、歳三は優しい気持ちで笑った。 今はまだ棒振りの段階だが、宗次郎には剣の才があると歳三は思う。 散り急ぐ桜の花びらを何の苦もなく、無造作に手に掴むことが出来るその動きが、一つの証だろう。 そんな才能を妨げられることなく、開花させてやりたいと思うのだ。 天然理心流という小さな流派の中だけではなしに、色々な流派を学び越えていって欲しいと願っている。 その手始めには、いろんな流派を知ることが大事だと、近藤には内緒で出掛ける度に道場を回るのだが、 今日の道場では思った以上の収穫があったようだ。 今まで周りに居なかった同年代の少年を見て、宗次郎はこれまで以上に剣に打ち込むに違いない。 そんな確信を持って、歳三は宗次郎と、長い影を作って歩いた。 |
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