九曜邂逅

〜 近藤編 〜


歳三の姉・のぶの嫁ぎ先である佐藤彦五郎の祖母が殺されたのは、嘉永二年の一月である。
隣家からの出火により逃げる際に、佐藤家と揉め事を起こしていた近在の男が襲ったのだ。
その時の彦五郎の嘆きようったらなかった。
そして、そんな出来事があれば、自衛手段を講じようとするのは、当然のことだった。
そんな理由で、彦五郎は井上松五郎に紹介してもらった天然理心流を学ぶことになり、翌年には自宅の敷地内に道場も立てたほどだ。
武士というものに憧れを抱いていた歳三が、剣術に触れたいと思うのも無理からぬことで。
出稽古にやって来ると聞きつけて、宗次郎を連れて佐藤家に出掛けた。
武士になりたいと矢竹を植えた歳三にしてみれば、絶好の機会だと踏んだのだ。
佐藤家に一泊した歳三と宗次郎は、彦五郎たち門人が周助を出迎えたのを、少し離れた庭先から眺めていた。
門人ではないから、今はでしゃばらない方がいいだろうとの判断である。
気侭我侭な歳三にもそれぐらいの分別はあり、宗次郎を膝の上に抱え、大人しく座って見ていた。
ぞろぞろと集まってきていた門人たちを相手に、待たせてはならぬと、井戸で一口水を飲んだだけで稽古が始まった。
歳三はそれを、目を輝かせて見ていた。
百姓である歳三は武士になりたかったが、正式に剣術を習ったことはなく、餓鬼同士の戦ごっこで棒を振り回したことしかない。
いくら習いたくても、頑固で堅実な兄・喜六が許してくれるはずもなかったからだ。
だが今目の前では、夢にまで見た光景が繰り広げられて、熱い熱気が辺りに漂っている。
その中に、早く自分も加わりたいと、歳三は切望した。
そんな思いの強さが、腕の中に居た宗次郎を抱きしめる強さへと変わり、
「歳、さん……」
息苦しさに宗次郎は身じろいだ。
「あ……? ああ、宗次すまん」
我に返って歳三は、腕の力を緩めたが、歳三はまだ白昼夢を見ているかのようであった。
「すごいな、この熱気。早く俺も混ざりてぇ」
彦五郎には昨夜のうちに、ここに来た訳を伝えてある。
何事にも寛容な彦五郎は歳三の話を聞いて、大らかに笑って顔合わせだけはしてやると言ってくれていたのだが、すぐに稽古が始まってしまっていた。
佐藤家の広い庭先で、竹刀を振るっている男たちを、じりじりとした気持ちで見入っていた歳三だったが、先ほど周助の後ろに付き従っていた男に目を引かれた。
大きな体躯をした厳つい、しかしどこか人の良さそうな朴訥とした男だ。
筋骨逞しく鍛え上げられた体なのが、遠目でも分かる。
周助と自分の二人分の剣術道具を背負い、微動だにしなかったから、よほど足腰がしっかりしているように見えたが、竹刀を振るっている今の姿を見てもどっしりとしていた。
じっと見ている視線に気付いたのか、その男が振り向き歳三を見た。
宗次郎を人形を抱えるようにしっかりと抱いている歳三に、目を丸くした。
歳三と宗次郎にとっては普通の行為でも、べったりとくっ付いた姿はちょっと人目を引く。
気になった男は、二人の方へ歩いてきた。
「稽古しないのか?」
見に覚えがなかったが、稽古を眺めているだけではつまらなかろう、との意味を込めて言ったのだが、
「俺はまだ門人じゃねぇから」
と、返ってきた。
「でも、興味があるんだろ?」
竹刀を方に担いだまま聞けば、
「はいっ」
と、歳三ではなく、腕の中の宗次郎が元気に返事をし、その威勢の良さに男は破顔した。
男は笑うと片笑窪ができ、愛嬌のある顔になった。
そんな遣り取りに気付いた彦五郎が、稽古の手を止め周助を促し三人の元へ来た。
「歳三、話が弾んでいるようだな」
汗を拭きながら彦五郎は、
「これは、私の義弟の歳三です。こっちは沖田宗次郎。松五郎殿の縁戚になります」
歳三と宗次郎をまず紹介し、
「こちらは、天然理心流の宗家・近藤周助先生と、そのご養子の島崎勝太殿」
続いて周助と勝太を紹介した。
「島崎?」
苗字が違うことに、歳三がいぶかしむと、
「島崎はわしの元の姓じゃよ。わしが近藤を名乗ったのは、宗家を継いでからじゃ。だから、こやつも宗家を継ぐまでは、島崎じゃ」
変な理屈だと思ったが、そんなことよりも、
「確か、勝太殿は十六でしたな? 歳三は一つ下ですから、仲良くしてやってください」
「いえ、こちらこそお願いします」
一つ違いだなどと思っても見なかった歳三は、ずっと驚いてしまった。
つい無遠慮に、勝太を上から下まで見下ろしてしまったが、どう見ても自分と一つ違いだとは見えなかった。
そんな歳三の逡巡を置き去りに、彦五郎は歳三と宗次郎のことを、周助は勝太のことを、教えるように話した。
その話を聞いて、歳三も勝太も互いを知ることになったが、勝太はともかく歳三は複雑な思いを抱えた。
これから、剣術を習いたいと思う歳三に対し、たった一つ上のこの男はすでに目録だという。
しかも、周助に目を掛けられ、養子にと望まれ、四代目となることが決まっている。
百姓に生まれついた餓鬼が、袴を穿き二本差し、侍の格好をしているのだ。
妬みがない訳がなかった。
それを感じているのかどうか、宗次郎は不安そうに歳三を見上げていたが、歳三は勝太にぴたりと視線を定めていて気づくことはなかった。






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