雨、降り止まず



斎藤と沖田は揃って、東寺に出掛けていた。
今日の非番は、ちょうど東寺の弘法市の日だったから、そこへ行こうということになったのである。
暗黙の了解というか、非番が重なれば、こうして出掛けるのが常であった。
もっとも二人の非番が合うこと等、月に一度あるかどうかであったが。
何故なら二人の隊は、永倉の隊も含めて、精鋭揃いである。
そういった隊を一度に非番にすると、兵力に不都合が生じるというわけであった。
その辺、土方の采配は的を得ているのだが、それでは中々二人の非番が重なることがなくなってしまうのだ。
ただ、同じ部屋に起居しているから、特別それを不満に感じることはなかったが。
そして、二人は同い年で、尚且つ同じ部屋ということもあって、大層仲が良かった。
馬が合うとでも言うのだろうか。
性格など正反対だという声も多く、二人の気の合いように首を傾げる向きもあったのだが、剣の腕が近しいと気も合うのだろうと思われていたようだ。

屯所からぶらぶらと南へとそぞろ歩いていくと、東寺までそれほど遠い距離ではない。
暇つぶしにはもってこいだろう。
もちろん弘法市での目当ては、斎藤は鍔や刀、沖田は甘味などの駄菓子や玩具が主である。
斎藤は骨董とまではいかぬとも、そういった風情のものが大好きであるのに対し、沖田は刀などには風情よりも実用を重んじる。
だから、それぞれの時間の掛け方も違う。
斎藤は吟味に吟味を重ねるが、沖田は気に入ったものは、直感でさっさと買ってしまう。
ただ、沖田の好みは斎藤よりも煩くて、中々気に入るものは見つからないのが常であった。
だから、二人で同じものを見ることは向かなかった。
時間の掛け方が違うし、気疲れするだけだから、一緒には見て回らないのだ。
いや、時には一緒に見て回ることもあるが、大抵は別々に品物を見て回る。
二人とも、何故か目立つようで、別行動をしていても、探すのに苦労がない所為もあるのだが。

それぞれ、存分に見て周り、斎藤は竹のあしらいがある鍔を買い求め、沖田は菓子の買い食いと、子供たちへの土産代わりの玩具を買った。
そして、さぁ帰ろうという段になって、なんだか空模様が怪しくなってきた。
みるみる間に、さぁっと雨が降り出してきた。
まだ激しくはないが、屯所までこのまま帰るには、いささか問題がありそうだった。
しかし、傘など持ってきているわけもなく、二人は目に付いた茶屋に上がった。
酒を頼み二階に上がると、雨脚が強くなってきたのか、きつい雨音が屋根から響いてくる。
先に部屋へとは行った沖田が、窓に寄って格子を開けると、雨を避けて慌しく行き過ぎる人々が下に見えた。
「おい、風邪をひくぞ」
斎藤は店の者から受け取った手拭の一つを沖田に放り、もう一つで自分の着物を拭った。
「ああ……」
おざなりな返事をしつつ、沖田は下を見下ろしながら、滴を拭った。
そうこうしている内に、小女が酒を持ってきた。
「ありがとう」
沖田はにこやかに言って、二人分の手拭を渡し、小銭を礼に握らせた。
これでしばらくは、ゆっくりと過ごせるだろう。
「ありがとさんどす。どうぞ、ごゆっくり」
小女が出て行くと、斎藤は座って早速酒に口をつけた。

斎藤は、大の辛党である。
「美味そうに、飲むなぁ」
だからつい、そう言った言葉が口をついて出た。
「おぬしも、飲める口だろうが……」
確かに、沖田は飲めることは飲めるが、それだけであって、さして美味いとは思わぬのである。
けれど斎藤と一緒だと、甘味屋に行くわけにはいかぬから、いつも沖田の方が折れて酒の相手をすることになる。
ただ結構大酒飲みの斎藤に付き合って、どれだけ飲んでも、酔っ払ったことはないが。
それでも、斎藤に注がれた酒は、喉を潤すのにちょうど良かった。
差しつ差されつ酒を飲み、沖田の他愛無い話に、斎藤が相槌を打つ。
その斎藤の姿に沖田はふと、思い出した。
普段、人の話を聞いているのかいないのか良く分からぬとの評価の斎藤が、いちいち沖田の話に相槌を打つ姿は、結構奇妙に映るらしく、感心されたことが何度となくあって、その度に沖田はそういうものかと、首を傾げたものだった。
普段から話をするのは、沖田の方が圧倒的に多いから、沖田が口を噤むと静寂が訪れる。
だが、沖田は良く喋る男だが、斎藤との間には言葉など要らぬという気もあり、斎藤と二人のときは黙りがちになることがあった。
ただ、その沈黙は決して居心地の悪いものではなくて、どこか安らぎにも等しいものだったが。

酒がなくなる頃になると、特に何を話すのでもなく、時はゆったりと流れてゆくだけであった。
「沖田」
雨が降りかかるのも厭わず窓辺に座り、外を眺めてばかりいる沖田に痺れを切らせたのか、斎藤が手を伸ばしてくる。
「如何した?」
その斎藤の手を振り解きもせずに、沖田はしらっと聞き返した。
茶屋に上がった時から、分かっていただろうにと、斎藤の眉が寄る。
人の気を逸らさず人の輪の中に居るのが似合う陽気な男が、斎藤の前でそんな雰囲気をかなぐり捨てる面を、こういう風に時折り見せる。
こういう小憎らしいところも、斎藤の気を惹くのだ。
ぶすっと不貞腐れたまま、斎藤は沖田の腕を自分の方へ引いた。
ぐいっと力強く腕を引かれ、斎藤の方へと倒れこみながら、最初からこういうことを思っていたのかと、沖田は笑えた。
いや、多分そうだろうとは、思っていたのだが。
猪口が沖田の手から、ころころと転がり落ち、残り少なかった酒が二人を濡らした。
そんなものに頓着せず、笑いを顔に貼り付けた沖田を見遣りながら、斎藤は沖田の躯を腕の中に取り込み、貪るように口を吸った。
表情を動かさず、何事にも動じない斎藤が、沖田の行動に一喜一憂する様を見せることが、何故か沖田には微笑ましかった。
無骨で要領の悪いこの男が好ましく、抱き寄せる斎藤の望みのままに沖田は応え、腕をその首へと回した。

雨はまだ、止みそうにない。






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