剣友



道場に気合が響く。
今日の師範格の者は、沖田と斎藤であった。
稽古の師範は、幹部や特に認めた腕達者な隊士が、することになっている。
他の者は、巡察や非番で、朝稽古に出てきていない。
二人で、隊務についていない隊士たち、五十人ほどの稽古を見ていた。
最もこの数は、特に多いというわけではない。
普段から朝稽古の参加者は、これぐらいの人数である。
その時々に応じて、師範格の人間の数が増えるだけであった。

朝稽古は、強制参加ではない。皆が自主的に参加している。
その理由は、出なければ、それはいずれ自分に跳ね返ってくると、知っているからである。
沖田の稽古は、荒っぽいとの評判だが、新撰組隊士であれば、これぐらいに付いて来れないようではと、容赦がない。
斎藤の場合は教え方は丁寧なのだが、必要なことしか喋らないから、とっつき難く得体が知れないと思われていた。
さて、それでどちらが人気があるかといえば、どっちもどっちと、言ったところだろう。
どちらも、帯に短し襷に長し、である。

そんな二人だが、仲はいい。
端から見ると、似通ったところが全くない二人なのだが、どうしたものか。
似ているところは、敢えて言うなら、剣の腕が立つ、と言うぐらいなものである。
しかし、その剣も、全く様相が異なる。
沖田の剣は、どちらかと言うと、一見無駄の多い派手な剣だ。
対して斎藤は、無駄を削ぎ落としたかのような、静謐の剣である。
二人の性格と相俟って、動と静、陽と陰と、多くが言う。
だが、よくよく眺めれば、良く似ていることに気付かされるのだ。
どちらも、一撃必勝の剣である。
剣の動きは異なれども、相手を一撃で行動不能にしてしまう。
特に、沖田はどういった斬り方をするのか、血飛沫一つ浴びることはない。
よく斎藤は、言ったものだ。
「どう工夫すれば、そんな綺麗な斬り方が、できるものか?」
と。

一刻にわたる稽古も終わり、道具を片付け始めた隊士たちを置き去りに、沖田と斎藤は試合を始めた。
隊士たちに稽古をつけただけでは、己たちの鍛錬にならぬと、稽古の終わりに始めることが慣例のようになっている。
片付けの当番のもの以外は、その場に端座して遣り取りを眺める。
腕の格が違うとは言いながらも、その技術を少しでも盗もうと、誰も場を離れることなく、皆が真剣な表情で見ていた。
互角な二人の腕前だから、本当の勝負ともなれば、対峙したままなかなか動けないことにもなるが、これは鍛錬であるから、双方鮮やかに打ち合う。
まるで、型稽古のように、打ち合わせてあるかのようである。
しかし実際は、そんなことはなく、ただ無心に打ち合っているだけなのだ。
防具の一切をつけずに、木刀での遣り取りは、互いに信頼しあっていないと、こうはゆくまいと、人の目に思わせる。
そして、危なくなったときに寸止めをする技量は、並大抵でない。
ただ、そうと気付く者が、今見ている隊士の中に、何人いるかは疑問だったが。

稽古をつけていたときには、流れ出ることの無かった汗をかき、満足した二人はほぼ同時に剣を引いた。
蹲踞して一礼して、木刀を掛けた。
「済みませんが、後をよろしく」
残っていた隊士に道場の清掃を、総司はにこやかに依頼して、先に出て行った斎藤の後を追った。
「やっぱり、斎藤と打ち合うのが、一番気持ちいいなぁ」
道場脇の井戸端で、水を汲む斎藤に近づき、総司は言った。
「そうか?」
汲み上げた水を、釣瓶から桶に移しつつ、斎藤はあまり気のない返事をする。
「そうだよ。もちろん、永倉さんでもいいけど、一応年長者だろ? 人前だと、な?」
手加減なしに打ち込んで、負かしてばかりはいられないと、言うことだろう。
その点、斎藤は同い年だし、遠慮は要らないといったところか。
汲まれた水で、ざばざばと稽古着が濡れるのも構わずに、沖田は顔を洗った。
「ほう、気を使っているのか? あれで……」
しかし、斎藤の目からすれば、とても沖田が遠慮しているとは思えなかったが。
「そりゃ、使うぜ」
斎藤の言い様に、顔を拭きながら、
「こんなに、気遣いを見せてるのに、なぁ」
と、沖田は脹れて見せた。
斎藤はその沖田の顔に口もとを緩めながら諸肌を脱ぎ、腰に下げた手拭を冷たい井戸水に浸し、固く絞って汗を拭った。
沖田もそれに倣って、同じように汗を拭った。
沖田はその長身から、着痩せして見える性質だが、素肌を露にすると、筋肉質の良い躯をしている。
無駄な肉を削ぎ落とした躯、とでも言おうか。
それに引き換え、斎藤は着物を通してでも分かる、鍛えられた躯であった。
こうしたところも、違いのある二人だが、どうしたことかよく気が合う。
正反対のような所が、上手くいく秘訣かもしれないが。

こざっぱりと拭い終えて、桶の水を周辺に暑さ除けとばかりに、打ち水代わりに総司は撒いた。
「斎藤、今日はどこか、出掛けるのか?」
朝稽古の後は、ようやく朝餉の時間である。
新撰組の日常では、朝餉を食べた後、もう一稽古といったところであるが、今日は二人とも昼は非番なので、汗もかいたし着替えてから食べに行こうと、自室へと向かいだした。
「いや、刀の手入れをしようかと……」
道場の庭先から、ぐるりと回ると、廊下を上がらなくとも、そのまま自室にと辿り着く。
「刀? またか。ちゃんと昨日も、していただろうが」
「昨日は、昨日だ」
刀の手入れは大事だが、斎藤のはそういう問題ではないような気がする。
「まぁ、いいけどさ。でも、それなら時間あるよな。ちょっと、俺に付き合え」
いくら刀狂いの斎藤とは言え、持っている刀の数は、たかが知れている。
すべて手入れし直しても、それほどは掛かるまいとの、総司の判断である。
一緒に起居していれば、その辺の見当もついてくるというものだ。
「…………」
「買いたい物があるんだ。ちゃんと、後で酒を奢るからさ」
沖田は酒よりも甘いものの方が好きだが、飲めないこともないから、斎藤と出掛けたときはそういう店によく寄る。
なにしろ、斎藤は甘いものが、からっきしなので。
無言で考えていた斎藤だったが、付き合う用が、買い物と聞いて問い質した。
「俺で、大丈夫なのか?」
沖田の買い物に付き合って、足しになるのかと、斎藤の疑問は尤もだ。
「ああ、なるなる。だから、いいだろ」
にこやかに沖田に言われると、まぁいいか、という気になるから不思議だ。
「あ、ああ……」
「じゃあ、飯を食って、お前が刀の手入れをしたら、出掛けようぜ」
きっと他の人間に言われたのなら、斎藤は予定を変えてまで付き合わないに違いない。
「俺は、その間土方さんの部屋にいるから、呼びに来てくれ」
「分かった」
一体何を買いに行く気なのかと、斎藤は思いながらも、屯所内にいる服装ではなく、そのまま後で外出できる格好に着替え始めた。




沖田&斎藤です。決して、沖田×斎藤でも、斎藤×沖田でも、ありません! なんて。
二人には、こういうライバル的な存在でいて欲しいですね。
いや、もちろん、そうでないのも好きなんですが……。



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