水の流れは…



気付けにと、冷たい酒を含まされ、沖田は漸う目を明けた。
「大丈夫か?」
精力の強い斎藤の思いのままに抱かれると、大抵こうゆう破目になる。
近頃はなにかと忙しく、二人揃っての非番などがなかったから、尚更だ。
「そう聞くなら、もっと手加減しろよ」
汗で額に張り付く髪を掻き揚げ、沖田は見下ろす斎藤に文句を言った。
「それが出来るぐらいなら、最初からそうする」
斎藤のどこか不貞腐れた物言いに、沖田は仕方がないと溜息を吐いた。
沖田とて多分にこうなることは、予測の上で斎藤の誘いに乗ったのだから。
ごろりと寝返って、枕元に置かれてある酒に、沖田は手を伸ばした。
睦みあった後の沖田の喉は、斎藤が含ませたたった一口ばかりの酒では、到底潤わなかったからだ。
自分に向けられたしなやかな沖田の背を、じっと飽くことなく見ていた斎藤だったが、我慢できずにその背へと覆い被さった。
「おい……」
鬱陶しそうな声を沖田は出すが、特に振り払うわけでもなく、斎藤の唇が耳を舐めるのを好きにさせていた。
沖田が本気で抗えば手の出しようもないが、そうでないなら斎藤も遠慮はしない。
腕を沖田の前に回し抱き締めつつ、沖田の首筋から肩甲骨へと斎藤の唇が、ねっとりと這ってゆく。
塩辛い味が舌を刺激し、それが先程の情交の名残を思い起こさせ、斎藤を興奮へと駆り立てていくのだ。
前に回した手は、沖田の張りのある胸をさ迷いだした。
「おい、そんなに盛るな」
斎藤の興奮が躯を密着している沖田には、手に取るように分かる。
それは分かるが、元々淡白な沖田には、少々理解しがたいところでもあった。
「…………」
不満そうに沖田を斎藤は見るが、沖田はその斎藤をちらりと横目で睨んで制した。
「もう少し、休ませろよ。お前の基準でやられたら、こっちの身が持たん」
沖田の言い方に完全に拒否されたわけではないと知り、斎藤は渋々愛撫の手を止めた。
だがその腕は、沖田を抱きすくめたままだったが。
沖田は斎藤を張り付かせたまま、更に酒を煽った。
「美味いな、この酒は」
そんなに酒を嗜む方ではないが、斎藤との付き合いを重ねるうち、酒の味をしっかりと覚えた沖田である。
「ああ。伏見の酒だ。めったに手に入らぬと聞いた」
酒に煩い斎藤よりも、さらに好みの煩い沖田にと、所望した一品である。
それほど酒を飲まぬ沖田が、それだけに逆に酒の味に煩いのだ。
「ふ〜〜ん」
そんな斎藤の苦心を知ってか知らずか、沖田は美味そうにちびちびと舐めていた。
その横顔を見詰めつつ、斎藤はふと思い出したように言い出した。
「そういえばお前、山南さんのこと、いいのか?」
「なにが?」
沖田の髪の生え際に口付けを落としながらする話でもないが、沖田もそれを気にした風もなく聞き返した。
「山南さんだ。変わったと下の者も、言ってるぞ」
伊東が新撰組に入ってからというもの、どうも山南の挙動が可笑しかった。
温厚で親しみやすかった山南が、ぴりぴりとした雰囲気を纏わりつかせていて、実務をろくにしていない彼は、隊内で浮いた存在になりつつある。
「ふ、……ん」
「おい」
鼻を括ったような沖田の返事に、斎藤は窘めるような声を出した。
「それぐらいは、知ってるさ。けど、一度付いたひび割れは、元には戻んないだろ。どんなに修理して、綺麗に見えてもさ」
頬杖を付いて、斎藤の方へと振り向き、
「直そうとする端から、それを広げようとする奴がいれば、なおさらだろ」
幾分自嘲気味に言った。
関係が悪化し、目に見えて冷え切っているのは明らかだが、放っておける問題ではないのだ。
局長を補佐する立場の人間の確執問題は、新撰組全体に悪影響を及ぼしかねない。
だからこそ、隊内政治に興味のない斎藤が、敢えて沖田に告げたのだ。
そんな斎藤がなおも、沖田に言おうとすると、
「しかし、そうかと言って……」
「俺も放ってはいないさ。けどな……」
どうにもならない、と沖田は溜息を零した。
勤皇第一の主義と、それを信奉しつつも、勤皇の上に将軍家を置く人間とでは、今は水と油の如く交わることはありえなかった。
「少しでもひびから漏れる水を受け止めようとしても、受け止めきれなくなってきてる」
まだ酒の入っていた盃を持ち上げ一気に飲み干して、たんっと小気味良い音を立てて盆に置いた。
「なにしろ、溢れるばかりに注ぐ奴がいるし」
と言いつつ、沖田は空になった盃に酒を注ぎ、下に敷いた盆に溢れさせた。
勤皇という名の甘美な水を、山南に注ぐ人間は、伊東しかしない。
いや、今は伊東に取り込まれてしまったかのような、藤堂もだろう。
「それでは、いずれ……」
斎藤が語尾を濁らせるのへ、
「仕方ないさ。今直しても、一旦入ったひびは、いつか器全体にも及んで、脅かすだろ?」
沖田は達観したかのような言葉を発した。
高きところから低きところへと、水が流れるように、山南の意識は勤皇へと、流れ込んでいっている。
その流れは、もう止めようもないところへと、沖田には来ているように思えていた。
「それでいいのか、お前は?」
「良いも悪いもないさ。山南さんも大好きだが、どちらかを選べと言われたら、はなから答えなぞ決まってる」
沖田は山南と対照をなす、もう一人の名を言いはしなかったが、斎藤にはそれが誰だか良く分かった。
というより沖田にとって、そんな人間は一人しかいはしない。
「…………」
山南となら、その男を迷わず選ぶと言うなら、己とならどっちを選ぶのか。
解りきっているはずの、その答えを聞いてみたい気がして、逡巡しつつも斎藤がそう問えば、
「ふん……。愚問だな」
沖田は鼻で笑って、切って捨てた。
沖田の言い様からすれば、斎藤でないことは明らかで、斎藤の顔が歪む。
その情けなさそうな顔に沖田は、しょうがないなぁ、とばかりに笑って、
「そんな顔するんじゃない。俺がこうして躯を繋げた相手は、他でもないお前だろう」
躯を返して、斎藤の首に腕を巻きつけてやった。
その沖田の行為に目を見開いた斎藤に、沖田はなおも笑みを深くし、その身を引き寄せて口をあわせた。
それで懐柔されてしまう己を憎く思いながら、斎藤は沖田を組み敷いた。






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