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「では……」 話が済み斎藤がそう言って、腰を上げようと傍らの刀を掴んだとき、 「総司には内密だぞ」 と、土方が念押しするかのように言った。 斎藤がぺらぺらと喋ると思ってのことではない。 斎藤は同室の沖田と仲が良く、誰とも馴染まぬ斎藤が唯一といって良いほど、つるむ相手だと知っての土方の言葉だ。 だが、その言葉に斎藤の動きが、ぴたりと止まった。 そして、土方に向けている斎藤の表情が、よほど不審だったのだろうか、 「如何した? えらく変な顔をして……」 土方が怪訝な顔で問い返した。 普段全く顔色の変わらぬ斎藤にしては、ありありと困惑したような表情を浮かべていたのだ。 「…………」 珍しいこともあるものだと思いながら、無言のままでいる斎藤に土方は重ねて問うた。 「如何したんだ、一体?」 しばし、無言で土方を見詰めていた斎藤だったが、漸う重い口を開いた。 「言いはしませんが、すぐにばれます」 「ばれる? 総司にか?」 「ええ」 大きく頷く斎藤に、土方は首を傾げた。 先程、斎藤に『内密に』と言ったのは、近頃何かと動きの可笑しい伊東に近づき、もしもの場合は伊東と行動を共にするようにとの、斎藤への指示に対する物だ。 斎藤は寡黙だが、剣の腕は沖田に匹敵するほどに立つ。 沖田では近藤・土方に近すぎて、この役には向かないし、永倉なども腕は立つが、育ちのよさからか、人間がひねていないから、口舌達者な伊東に逆に取り込まれる恐れがあったが、斎藤ならその心配はない。 そういう事情も踏まえての土方の人選だった。 それにこれは当然ながら、知る人間が少なければ少ないほど、漏れる心配がないことになる。 だからこその、土方の先の言葉だったわけであるが。 「何でだ? 斎藤が言わなけりゃ、そうそうばれねぇだろう?」 いくら沖田の勘が鋭くてもと、行儀悪く胡坐をかいた土方が、頬杖をついた姿勢で斎藤に言った。 「…………」 土方にどう答えるか、言葉を捜すように思案していた斎藤だったが、土方が呆れるような事を言い出した。 「沖田は、俺が沖田に惚れていると、十二分に承知してます」 「はぁ?」 いや、斎藤と沖田のことは、知ってはいる土方だったが、正面切って言われると、土方には二の句が告げなかった。 なにしろ、斎藤はともかく、沖田は土方にとって可愛い弟分なのである。 たとえ、どれほど大人になろうとも、だ。 「だから、俺が沖田の意に反することをする筈がないと、沖田は重々承知してるわけで……」 朴訥と言葉を紡ぐ斎藤に、土方は唸った。 「おめぇ、それは……」 つい副長としてではなく、土方の地が出てしまった。 「つまり、なにか? おめぇが、俺たちを見限るなんてことは、総司がいる以上有り得ねぇ、と総司が誰よりも知ってるってか?」 顎をしゃくって聞く、土方のどこかきつい詰問口調に、こっくりと、どこか沖田を思わせる仕草で、斎藤は頷いた。 「そうです。であればこそ、俺が伊東に近づくのも、副長の采配だとすぐに分かるでしょう?」 う〜〜ん、と土方は唸ってしまった。 「まぁ、総司の奴も、ああ見えて聡いからなぁ」 大人ばかりの中で育った沖田である。 人の気を見るには何より聡いところがあった。 言い換えれば、そうでなければ、いくら人の良い周斎や近藤の下でも、居心地は良くなかっただろう。 「ええ。わざわざ沖田も聞かないでしょうが」 確かに斎藤や土方が沖田に喋らないことを、沖田がわざわざ聞きだすことはないだろう。 察して黙するだけだと、いままでの沖田の態度からもそれは知れる。 それが、沖田の処世術だった。 もっとも、だからといって、沖田が何も知らぬのではないことは、誰よりも近くにいた土方は知っていたのだが、つい失念してしまっていた。 人はあの見掛けにだまされて、ついつい本音などをポロリと洩らしてしまうのだ。 土方もそうした一人だから、隊士などは尚更だろう。 隊内のことでは、監察を使う土方よりも詳しいぐらいだ。 斎藤が沖田にばれるというのも、あながち仕方がないかと、土方は溜息をついた。 その土方の態度をどう取ったのか、 「それになによりも、沖田には隠し事など出来ませんし」 と斎藤は言い募るように言って、土方に真摯な表情を見せた。 「したくもありません。沖田に対してだけは……」 真面目な顔でどこまでも、ぬけぬけと言う斎藤を、 「ったく。惚気るのもいい加減にしろよ、斎藤」 呆れたように眉を顰めて、土方は見遣った。 そんな土方の素振りに、 「惚気てなどいません」 思いもかけなかったのか、憮然と斎藤は言うが、 「お前にその気はなくとも、そういうのは立派に惚気てることになるんだよ」 土方にしてみれば、惚気られているのと大差はない。 少しばかりげんなりとした風情で、斎藤を見遣った。 斎藤が沖田に傾倒していたのは、出会った当初からだと、なんとなく知れていたが、沖田には斎藤の何処が良くて、そういう仲になったのか、聞いてみたい気がする土方だった。 女にもそれほど興味のある奴ではなかったが、それだけに男に靡く奴ではなかった。 第一、こうして聞いていれば、傾倒しているのは斎藤の方で、ならばきっと抱くのも斎藤の方だろう。 あの沖田が、唯々諾々としてそれに甘んじているのが、土方には納得しがたかった。 見掛けは人当たりの良い奴だが、中々どうして一筋縄ではいかない性格なのだ。 沖田の子供の頃からの付き合いである土方には、それが知りすぎるほどの事実だった。 「まぁ、いい。態度でばれるにしても、わざわざ言わなけりゃな」 話は終わりだというように、土方は顔の前で手を振った。 「それは……」 当然というように、斎藤は首肯してみせた。 そういった毅然とした斎藤の態度が、土方のお気に入りだった。 こういうところが、斎藤を信頼するに値するところだろうかと、土方は部屋を出て行く斎藤のぴんっと伸ばされた背を、ぼんやりと見送った。 |
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