七福一夢



巡察を終えた斎藤が刀の手入れをしていると、沖田が肩を竦めながら部屋へ戻ってきた。
「あー、寒ぅ」
部屋の真ん中に置いてある小振りな火鉢に、沖田は手を翳して座り込んだ。
見れば沖田は羽織も羽織っておらず、薄着だった。
風邪をひきやすい性質だと言うのに、沖田はいっこうに頓着がなくて、斎藤は溜息を吐いた。
刀を仕舞って刀掛けに置いて、鴨居にかけてある半纏を、背を丸めて火鉢にあたっている沖田に手渡した。
「早かったな」
斎藤がそう言うのも無理はない。
非番の日の沖田は、壬生寺で子供と遊ぶのに忙しく、いつも夕餉の時間にならないと戻ってこないのだから。
「雪が降りそうだったからな」
先ほど沖田が入ってきた時に垣間見えた外は、どんよりと曇った空で、今にも雪が降ってきそうではあった。
その所為か、沖田の耳は冷たさに真っ赤になっていた。
「それに良いもん、買ったし……」
「良いもん?」
聞き返しながら、沖田の隣に座った斎藤に、ほら、と沖田が懐から出し広げて見せたのは、宝船の絵だった。
「宝船売りが通ってな。買っちゃった」
これで正月は良い夢が見れる、と嬉しそうな沖田だった。
沖田が取り出した宝船の絵は二枚。
沖田と自分の二人分か、と斎藤が思っていると、
「さぁ、あったまったし、土方さんに渡してくるか」
と、沖田は立ち上がった。
聞いた途端、斎藤の眉がぴくりと跳ね上がった。
「土方さんに?」
「ああ。土方さんには正月もないからなぁ。これぐらい夢を見てもらわないと……」
沖田たちと違って巡察に出掛けることもない土方には、屯所の中で過ごす限り正月気分は味わえまい。
また正月だからと浮かれ騒ぐ気はないだろうし、沖田なりの気遣いというものだろうとは斎藤にも判る。
判るが、面白くないのも確かで。
「俺には?」
「お前に? ないよ。別に要らないだろ?」
あっけらかんと沖田に言われて、斎藤は憮然とした心持だ。
「土方さんには、あるのにか?」
土方にはあって、自分にはないと言うのが、斎藤が一番引っ掛かる事柄だ。
「そりゃ、土方さんは一人だし、要るだろ?」
だが、沖田は斎藤の心情も理解せず、けろりとした表情で言い放つ。
憮然とした気持ちそのままに、
「俺も欲しい」
斎藤は無愛想な顔で沖田が持っている絵に手を伸ばした。
「なんで?」
「なんで、でもだ。俺も一枚欲しい」
駄々っ子のように斎藤が言い募れば、沖田は首を傾げて斎藤に問い直した。
「一枚、要るのか?」
「ああ。一枚要る」
「どうしても?」
「どうしても」
斎藤は沖田の言葉を繰り返して、是が非でも絵を貰おうと頑張った。
沖田はじっと思案する風だったが、
「ふ〜〜ん? どうしても、お前一人で使いたいんだな?」
何か考え付いたのか、斎藤を見下ろして聞いてきた。
「ああ」
それに斎藤が頷き返したら、
「じゃぁ、しょうがない。やるよ、これ」
沖田は手に持っていた絵の内の一枚を斎藤に手渡した。
土方に渡されるはずだった絵を横取りし、内心大喜びの斎藤だったが、
「二人とも夜番明けで、どうせ一つ枕で寝るから、お前とは一枚あれば良いと思ったんだが……」
と、続けられた沖田の言葉に、えっ? と、斎藤が沖田を見上げてしまった。
「斎藤が一人で使いたいんなら、仕方がないよな」
一人、と言う言葉を強調したような台詞を言いながら、うんうん、と一人納得したかのように沖田は一人頷いた。
「俺は、土方さんと二人で使うよ」
沖田の言葉に、呆然としていた斎藤は我に返った。
「ちょっと、待て。沖田、二人でって……」
聞き捨てならない沖田の台詞である。
「あの人となら、時間がずれるだろうしな」
夜番が終わって報告に行ったときは朝だから、土方は絵を使った後になる。
ならば、俺がその後にそのまま使うのは、何の問題もないだろ、と。
びっくりしたままの斎藤に、沖田はにっこりと満面の笑みと言っていい微笑を見せた。
それはさしずめ現代でならば、天使のと形容されるべき笑みだが、沖田の本性を知っている斎藤には悪魔の微笑みに見えた。
「お前は一人で、初夢を見ればいい」
そう言って踵を返した沖田に斎藤は慌てて、沖田の足をがっしと掴んだ。
「おいっ! 危ないだろっ」
たたらを踏んだ沖田が怒鳴るが、
「ま、待てっ」
切羽詰った斎藤には、頓着していられない。
「なんだよ?」
笑みと裏腹の、つっけんどんで邪険な沖田の物言いに、斎藤は沖田がひっそりと怒っていることを知った。
初めから一緒に初夢を見ると疑いもしなかった相手が、勝手にやきもちを焼いて文句を言えば、沖田でなくとも機嫌を損ねるのも無理はない。
ただ、斎藤が誤解したのを認識しながら、沖田はそれを解く気など全くなかったのだが。
それでもここは斎藤には、謝りの一手しかなかった。
「すまんっ」
掴んでいた沖田の足を離して絵を差し出した斎藤は、畳に頭をつけんばかりに下げたが、沖田は無言のままで。
「悪かった。俺もお前と一緒に初夢が見たい」
下げられたままの斎藤の頭を、じっと見下ろしていた沖田だったが、その姿に溜飲を下げたのか、べしっとその頭を叩いて、
「じゃあ、こっちの一枚は土方さんに渡してくる。そっちはお前が直しとけ」
そう言い置いて、沖田は部屋を出て行った。
その背中を見送り、斎藤は沖田の機嫌が直ったことにほっと一息吐きながら、手元に残った宝船を見直して、その夜を思い浮かべて笑みが浮かぶのを押さえきれなかった。






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