掌上に運(めぐ)らして…



謹慎している沖田が、久し振りに土方の元へとやって来た。
ちらりと見ると、動作にも何の支障もなくなっているようで、土方はほっとした。
また謹慎を命じた本人でありながら、土方はここ数日自分の後ろに沖田が居ないことに、不満を感じていたのだ。
「はい、これ」
土方の後ろに座った沖田が、懐から書面を差し出した。
それを正面に向き直り受け取った土方は、火鉢に手を翳しながら、開いて見た。
「おい、総司」
書面を見て知らずうちに、土方の声が低くなった。
「はい、なんですか? 土方さん」
さっさと、火鉢に掛かる鉄瓶から湯を注ぎ、二人分の茶を入れながら、沖田は聞き返す。
「おめぇ。なんで斎藤のも、おめぇの字なんだ?」
土方の疑問ももっともだと言えよう。
先日の喧嘩――と沖田が称する――の反省に謹慎と、その反省の弁を書き連ねた文を出せと命じていたのだが、沖田が持ってきたその二通の文はどちらも沖田の筆跡によるものだった。
「ああ、それね。斎藤が利き腕を怪我したんですよ。だから代筆」
どうせおんなじ文面でしょう、と沖田は屈託がない。
同じ文面だからと言って、代筆では反省文の意味がないのだが、沖田には気にした様子など微塵もない。
「利き腕を怪我?」
部屋で謹慎している斎藤が何故怪我をしたのかも不思議だが、それだからといって沖田が代筆をするのもさらに不思議だった。
なぜなら、斎藤の利き腕といわれれば左だが、筆は普段右手で何不自由なく操っていたはずだからである。
その辺を土方が突っ込むと、沖田は怪我した経緯を話し、からからと笑った。
「まぁ、ね。利き腕と言っても、普段は右を何不自由なく使ってますからねぇ」
斎藤は厳しく躾けられた所為もあって、普段使う手は右を使う。刀から筆、箸まで。
だから斎藤の利き腕が左だと言うのは、子供の頃の名残でしかない。
ただ、刀はその名残か、左でも右と遜色なく使えるのだが。
「構って欲しいだけでしょ?」
「はぁ?」
沖田の言い分に、思わず素っ頓狂な声を土方は上げてしまった。
「ほら、この間土方さんが怪我した時、ちょっと代筆したでしょう? だから自分もして欲しかったみたいですよ?」
これ土方さんとの二人分、一緒に食おうと思って、小者に買いに行かせたと、そう言って沖田が懐から出したのは、可愛い梅を連想させる紅白の生菓子だ。
その内の白いほうを摘んで、沖田はぱくりと口に入れた。
「土方さんと張りあおうだなんて、無謀にもほどがあるよねぇ?」
沖田の物言いに土方は二の句が告げなくなる。
もぐもぐと口を動かしながら、
「可愛いですよね〜」
沖田にそう言われては、斎藤も立つ瀬がなかろうと思う。
年の割りに、無表情で威圧感のある斎藤なのだ。
どっちかと言えば、沖田の方が愛嬌があって、可愛いといわれる顔だろうと思うのだが……。
沖田以外で斎藤をそんな風に評する人間など居はしまい。
が、鬼と陰口を囁かれる土方でさえ、沖田には殊の外甘いのだ。
沖田に心底惚れ込んでいるような斎藤なら、言わずもがなだろうか。
しかし、ぬけぬけと言う沖田に、
「惚気か?」
と、土方は思わぬでもない。
「まさか!」
一笑に付して、
「でも、からかい甲斐があるし……」
沖田は笑い転げる。
「おめぇ、承知でしてやがるな?」
沖田は結構悪戯好きだ。土方もそれに何度悩まされたことか。
が、それをする相手は土方に対してぐらいのものだった。
それを思えば、沖田の斎藤に対する悪戯というか意地悪は、裏を返せば愛情表現ということになるのだろうか。
くすくすと、沖田は笑いながら、
「土方さんもでしょ?」
土方の斎藤に対する態度は、沖田が絡まなければごく普通だが、そうでなければついつい沖田と長年培った仲を見せ付けてやりたくなってしまうのだ。
それを言い当てられたようで、土方は面白くない。
面白くはないが、沖田の涙さえ浮かべて笑い転げる様を見てれば、その内どうでも良くなってしまうのが沖田の得な面だろう。
そして、どうにも沖田の掌の内で、ころころと転がされてるような斎藤に憐れみを覚えないでもなかったが、沖田をある意味土方から掻っ攫っていった斎藤には、このぐらいのことは甘受して貰わなくては、とも思って溜飲を下げるしかない土方だった。






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