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ったく、総司の奴、一体何処に行きやがった。 こっち(前川家)にはいねぇし、向こう(八木家)にもいやしねぇ。 また、壬生(寺)のわっぱとでも、遊んでいやがるのか。 天狗になってる近藤さんのことだけでも頭が痛てぇのに、世話やかせやがる。 一度じっくり、説教をしなくちゃなるめぇなぁ。 土方が沖田を探して寺まで来ると、子供たちの甲高い声が聞こえてくる。 餓鬼どもががいっぱいいやがる。 総司の奴も混ざっていやがるな、きっと。 境内に入ってみると沖田の姿は見えないが、子供たちの掛け声から隠れ鬼をしているのが分かった。 沖田も隠れているのだろうと、土方は判断して大声を出した。 「総司! わっぱと遊んでないで、出て来い!」 あまりの大声に近くにいた子供二人はびっくりしていたが、 「沖田はんは、いてへんで」 と、土方に告げた。 「いない?」 「うん。最初はいてはったけど、途中で帰らはった」 「帰った?」 一体何処へ帰ったというのか。 前川にも、八木にも居なかったのに。 ここへ来る途中、土方自身の目で確かめたのだから、それは確かだ。 隊士たちも出たのは見かけたが、帰ってきたのは見ていないと言っていたのだし。 あれほど目立つ男が人目につかぬということは、ありえなかった。 「何処へ行ったか、知らんか?」 「さあ?」 子供たちは顔を見合わせて、首を傾げるばかり。 「あっ、でも為ちゃんなら知ってるんとちゃう?」 為ちゃんと言うのは、八木家の息子・為三郎のことだろう。 「為ちゃ〜ん。沖田はん、どこ行ったか、知らへ〜ん?」 先ほどの土方に負けず劣らぬ大声で呼ばわった。 しばらくすると、本堂の脇の茂みががさごそと動き、為三郎が出てきた。 「せっかく、ええとこに隠れとったんやで。そないに呼ばれたら、しゃあないわ」 「為ちゃん、みっけ」 隠れ鬼の鬼役の女の子が言うと、為三郎は情けない声を出した。 「ええ〜〜〜」 「あはは……。嘘やんか。もっかい、やり直したらええやん。始めたばっかりやし」 そう言われて、為三郎は土方に向き直って、沖田の居場所を伝えた。 「沖田はんなら、南部はんとこと違うやろか」 「南部?」 思いもかけなかった名前を出されて、土方は聞き返した。 南部家も壬生浪士隊の宿舎だが、そこに居るのは芹沢の腹心とも言う新見錦と、試衛館の頃からの知り合いとはいえ一匹狼的な斎藤の、二人が使うのみだったから土方の意識の外だったのだ。 「うん。遊んでるとき斎藤はんが来はってな。ちょっと話してはって、そのあとそっちの方へ行かはったで」 二人の取り合わせに、不審なものを感じつつも、土方は礼を言って壬生を後にした。 仲がいいのは知ってるが、わざわざいってぇなんの話だ。 まぁ、斎藤の奴は、江戸の頃から総司にくっ付いていやがったが。 土方がぶつぶつと呟いている間に、南部の家に着いた。 勝手知ったると表から入らずに、脇の戸口から斎藤と新見が起居している離れへと、足を踏み入れた。 それでも広い家だ。家人と会わずにすむというだけである。 ぐるりと庭を回って、離れへと出ようとしたところで、土方は足を止めた。 縁側にいる人影を認めたからだ。 そこには、土方が探していた沖田と、斎藤が居たが、そこに見えた光景に土方は息を飲んだ。 なぜなら、沖田が斎藤の膝枕で、寝ていたからである。 総司っ! 目が眩むような感覚だった。 沖田はそのにこやかな人当たりの良さとは違って、実際は人と距離を置くほうだ。 というより、生半可なことでは打ち解けずに、高い塀をめぐらす子供だった。 心に踏み込まれることを極度に恐れ、体を触れ合わすことすら嫌った。 幼いときからの付き合いのある土方や近藤、井上には我侭も言うが、それ以外の者に言ったのを見たこともない。 その沖田が、斎藤の膝枕で寝ているなどというのは、土方にとって青天の霹靂だった。 しかも、斎藤の手が沖田の髪を撫でている。 今までに見たこともない、穏やかな顔で。 沖田の首筋から、ほんの少し開いた胸元へと滑り出した。 だが、斎藤の不埒な行いなど知らぬげに、沖田は眠ったままだ。 それがどれほど斎藤を沖田が内にいれ、心を許しているか無言の証明を果たしているかのようで、土方の手に力が入る。 っ!! 総司! おめぇ……。 ぎりっ、と自分でも気付かぬうちに、土方は唇を噛んでいた。 見ているうち、膝の上に沖田を載せたまま、斎藤の頭がゆっくりと下がっていき、沖田の顔を隠した。 斎藤が沖田にある種の執着を見せていたのは知っていた。 だが、それを沖田が受け入れていたとは。 自分の後を慕い、いつまでも付いて回っていた沖田が。 それ以上は耐えられず、土方はそこを後にした。 「おや? 歳さん、一体どうしたね?」 南部から戻る途中、土方はどこかへ行くところの井上と、ばったりと出会った。 「いや……」 言葉を濁したが、自分の顔が可笑しいのには、土方も気付いている。 先ほどの沖田と斎藤の光景が目から離れないのだ。 しかし、井上はそれ以上追求をしようとせず、 「しっかし、いい天気だのう。これから兄貴のとこへ行くが、歳さんも行くかい?」 空を見上げて言った。 「ああ、行くよ」 もともと、松五郎のところへ行くために、沖田を探していたのだ。 その相手が、沖田から井上に代わったところで、問題はないはずだ。 そう自分に言い聞かせ、土方は幻影を振り切るように、井上と連れ立っていった。 |
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タイトルの「妬心」は、文字通り土方さんの心境ですが、これは可愛い可愛い(傍目にどう見えようとも)で大事に育ててきた沖田が、斎藤と出来てたことを知っての、あくまでも兄貴としての心境ですよ〜〜。 |
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