時期はずれの星合



こじんまりとした門から中を覗き込んでいた年若い武士が、辺りに誰もいないのを見て取って、
「ごめんくださ〜い」
と、大声で呼ばわった。
二度繰り返すと、ようやく声が聞こえたのか、ばたばたと走り出てくる音がした。
「へぇ、どちら様で?」
出てきた下男は腰を屈めていたが、訪ねてきた武士の顔を見て、
「あっ」
と声を上げて、たたらを踏むようにそこに立ち止まった。
そんな様子に頓着せず、
「斎藤はいますか?」
と、武士はにこやかに話し掛けた。
だが、武士の顔を見た下男は、驚きに目を見開いて、突っ立ったままだ。
出てきた下男が混乱し、戸惑うのも無理はない。
なぜなら、問い掛けた武士は、新撰組の沖田だったからである。
それに対して、ここは御陵衛士の住まう月真院。
新撰組の沖田が訪ねる事など、有り得ぬ場所の筈であった。
だから、再度同じ事を聞かれても、男にはどう対処してよいか分からない。
まごまごと戸惑っているうち、奥から一人の男が出てきて、玄関先にいる下男に声を掛けた。
「多助、出掛けてくる。今日は遅くなる」
どうやら、沖田の姿には気付いていないようだ。
「あ、あの……」
多助と呼んだ下男の様子に、男は下駄を突っ掛けながら視線を向けた。
そして、そこに在りうべからざるものを見たかのように、驚愕に目を見開いた。
「沖、田……」
「やぁ、加納さん。お久し振りですね」
沖田の態度は、まるで袂を分かったことなど全くない、今も一つ釜の飯を食ってるかのような気安さだ。
だが、加納の方はそうはいかない。
「何しに来たっ」
我に返った加納は腰に差した刀に手を掛け、今にも抜刀しそうな勢いだ。
「何しに、って。斎藤に、会いに来たんですけど?」
噛みつかんばかりの加納に比べ、のほほんとした沖田である。
両手をぶらりと無造作に下げ、構えも何もない。
「斎藤に?」
訝しげな表情に加納はなった。
「ええ、旧交を温めようと思って……」
にこにこと、毒気を抜かんばかりの満面の沖田の笑顔だ。
加納の頭の中を目まぐるしく思いが交錯する。
もともと試衛館派とも言うべき斎藤を、信用するに値せぬと思っていた加納だが、この事態は一体どう思えばよいのか。
間者かも? と疑っている男に沖田が会いに来るなど、疑いを助長するようなそんな真似をするだろうか。
「鷲雄、なにやってる。早く行かぬと……」
狭い寺の中のことである騒ぎを聞きつけたのか、男がもう一人出てきた。


門のほうが騒がしい。
ざわざわと、斎藤のいるところにまで、ざわめきが聞こえてくる。
新撰組の連中の襲撃でもあったのかと思いながら――あいつらが騒ぐのはそのぐらいだ――も、それにしては怒号も剣戟も聞こえてこない。
普段なら我関せずと無視を決め込む斎藤だが、なにか引っ掛かりを覚えて愛刀を手に立ち上がった。
進むにつれ、
「会わせろ」
「会わせられぬ」
などという言葉が聞こえてきた。
最初は一体何の押し問答かと思っていたが、聞き覚えのある声に、まさかと斎藤の足が速くなる。
そして、斎藤が辿り着いた先では、斎藤の姿を認めた沖田が軽やかに手を振ってきた。
「沖田っ」
履物を履くのももどかしく、つっかけるように履き、斎藤は沖田に近付いた。
「清水まで来たら、久し振りだし、顔を見たくなってさ」
一触即発の雰囲気もなんのその、沖田の物言いは至極明るい。
「第一、新撰組と御陵衛士は兄弟みたいなもんでしょう。会うのに、そんな目くじら立てなくてもいいと思うけど」
そうは言っても、御陵衛士と新撰組は、水と油である。
表向きは単なる分派であり、交流を禁じてはいないが、それを信じている者など一人も居はしまい。
それをあえて無視した沖田の行動は、破天荒というしかない。
それも、沖田らしいと言えば言えたが。
沖田の真意はともかく、そう言われてしまえば反対のしようがなく、加納らは二人を見送るしかなかった。


あまり近場の茶屋ではと、鴨川近くまで二人は出て、その中でも人目を引かぬ茶屋の二階へと上がった。
小女が茶を置いて出て行くと、
「一体どうしたんだ? 会いに来るなんて、無謀もいいとこだ」
障子を開けて鴨川を眺める沖田を、斎藤は諌めた。
斎藤は加納らには未だ完全に信用されていないと思っている。
そこへ新撰組の大幹部である沖田が現れれば一体どういうことになるか。
現に加納らは沖田が斬り込みに来たのかと殺気立っていたし、沖田が斎藤との繋ぎ役かと疑っていることだろう。
「なに言ってる。お前が近頃苛ついてると聞いたから、わざわざ会いに来てやったんじゃないか」
沖田は澄ました顔で答えた。
「それに、俺が行ったことで、あいつらは逆に混乱してるさ」
斎藤が間者ならば、土方の信頼厚い沖田がそれを知らぬはずがなく、そうであれば会いに来る筈もないということだろうか。
「…………」
だがどういう状況にしろ、沖田が会いに来た理由が斎藤にあるというのなら、斎藤はそれを喜びこそすれ、詰る筋合いではなかった。
斎藤が苛苛していたことは事実である。
御陵衛士となり新撰組を離れて、約ふた月。
それまで、毎日毎晩顔を見ていた愛しい者と離れて暮らすのが、これほど苦痛だとは思っても見なかった。
それに、いつ再び会え、一緒に過ごせるか分からぬとくれば、斎藤が苛立つのも無理からぬことといえよう。
そんな風情が、多分先日の繋ぎ役から土方に伝わり、さらに沖田に伝わったのだろうか。
斎藤の苛立ちの原因を、それだけで察するあたり流石土方といったところか。
ただそれを沖田に伝えたのは、任務を失敗されたら堪らぬとの土方の打算か、単なる沖田の行動力を読み間違えたのか。
沖田が月真院を直接訪ね、斎藤に会おうとするまでは読みきれなかったのかもしれない。
きっと斎藤の連絡を待つばかりではなく、月真院を見張っている者から、沖田が訪れたことは土方に注進がいってることだろう。
だから、斎藤と沖田がこうしてる間にも、沖田の行動を知った土方が苦虫を噛み締めているのが、斎藤には容易に想像できた。
もちろん沖田にとっても同様な想像ができただろうが、沖田はそんなことには全く頓着がなさそうだ。
流石に斎藤が思ったことはここまでである。
沖田が直接その繋ぎ役から、斎藤の様子を聞いていたとは考え付かなかった。
そして、会いに来てくれたのは嬉しいが、鬱屈した思いを抱えていた自分に比べ、そんなことを微塵も感じさせない沖田が、斎藤には小憎たらしい。
どこか可愛さ余って、という気分だ。
第一、斎藤が関わる沖田が起こした行動で、文句を言われるのは沖田ではなく、いつも斎藤なのだ。
土方にとって可愛い沖田を本気で叱り付けることなどなくて、斎藤がさせるのだとばかりに、ちくりちくりと嫌味を言われる。
そんな心情のまま、斎藤は沖田を組み敷いた。
口付けするのももどかしく、斎藤は沖田の首筋に喰らいついた。
「おい。がっつくなよ」
ちくりとした痛みに、沖田は斎藤を引き剥がそうとするが、
「承知で会いに来たんだろう」
と言われて、苦笑う。
会えばこういう仕儀に相成るのは、当然判っていたことだから。
布団も敷いていない畳の上に沖田を縫いつけ、斎藤は沖田の片肌を剥いだ。
会わぬ間に少し痩せたような気がしつつも、その久し振りの感触を楽しみつつ胸に手を這わした。
沖田の肌に鬱血を残しながら滑り降りていくと、斎藤を一度は引き剥がそうとした沖田の手が、斎藤の髪に指を絡めるようになった。
組み敷かれ足を広げられて斎藤の体を狭間に受け入れながら、沖田が窓の外に見上げた天は、蒼い夕闇に星が瞬き煌きつつあった。






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