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斎藤は沖田の人となりを知るより、沖田の華やかな剣技に先に心奪われただけあって、共に剣を振るうことがあれば、ついつい沖田に見蕩れてしまう。 今もそんな風だ。 二人、非番の夜だからとのみに出掛けたはいいが、腕試しだか知らないが二人の足元にも及ばない輩に襲い掛かられ、返り討ちにしているところだった。 ほろ酔い気分で居酒屋の暖簾を出た二人は、後を付ける気配に気付き、人気のない方に誘うように道を曲がった。 剣を交えているこの場所は、古びた神社の小さな境内で、その左手の手水の横に一本の桜の古木があって、境内を覆いつくそうかと言う枝振りで聳えていた。 月が雲に見え隠れする闇の中、剣を振るう沖田の背後で桜がぼうっと浮かび、沖田を際立たせて見せる。 桜の下には死体が埋まり、その血肉を喰らうて、薄紅の花を咲かせると言う。 そんな言い伝えを信じてしまいそうになるほど、見事な枝ぶりを覆いつくさんばかりに埋め尽くす花。 そして、そんな桜の精気すら吸い取ったかのように、鮮やかに剣を振るう鬼が一人。 己の命を供物に捧げるかのように、その鬼に喰ろうて欲しいと、群がる男たち。 きらりきらりと血刀が翻り、血飛沫が辺りに飛ぶ。 その中で紅く染まることなく桜の化身と見紛う鬼が、にたりと嗤った。 桜など匂いが殆んどないのが常なのに、この咲き誇る桜からは濃厚な花の香がする。 それこそ、辺りに漂う血臭を覆い隠すほどの。 沖田に斬られ桜の根元に転がる男たちは、きっと明朝までには桜に喰われて跡形もなく消えうせているのではと、斎藤に思わせた。 そんな匂い立つ花の香の中、ごろごろと足元に転がる死体に見向きもせず、血刀を下げた沖田に斎藤は引き寄せられるように近付き、背後から覆い被さった。 「なんだ?」 神々しいまでの剣気を纏っていた沖田だったが、斎藤に抱きつかれ徐々にその気が元へと戻っていく。 それを肌で感じ、淋しいような気になった斎藤であったが、ようやく己のところまで沖田が戻ってきたと言う、実感もひしひしと感じた。 そうでなければ、斎藤には到底手は出せなかったから。 そんな思いを誤魔化すように斎藤は、 「見事な桜だな」 天蓋の桜を見上げて、呟いた。 「そうだな」 沖田も斎藤につられるように目をあげて、千年の都で永い刻を経た桜に魅入った。 |
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なんか殺伐としてますなぁ。 当然のことながら、桜が死体を喰ってくれるわけがないので、後始末させられる土方さんはご苦労さま、と言ったところでしょうか。 |
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